2020/6/7

「ひこばえ」の一年  短歌

昨年の秋に「ひこばえ」を知り、そのあとも近所でひこばえのある場所を通るたびに定点観測的に写真を撮ってきた。そうすると、秋には青々としていたひこばえが放置されたままで、12月になると枯れ尽してくる。しかし形はそのままという状態が続くのだが、春を過ぎふと気づくとそれが掘り返されている。当然、ひこばえの形は消えてしまう。と思っていたら、その1ヵ月後の5月末には田んぼに水が入り田植えが行われていた。

考えれば、「ひこばえ」の一年は秋に始まり冬を越したのちに翌春で終わるのだなあ。そしてまた収穫後の秋から新しい一年が始まるのだなあ、と気づいた。くだらないことだろうが、感動した。

 19年10月20日 稲刈りのあと青々としたひこばえ
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 19年12月19日 枯れ果てたひこばえ
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 20年 5月14日 掘り返された田んぼ
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 20年 5月24日 田植えの直後
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2020/6/4

断捨離のやり方にも色々あるなあ  短歌

以前にも書いたが、70歳を超えてからは様々な「断捨離」を進めている。趣味の会では、短歌の会やハーモニカ同好会は早くにやめ、高校のクラスの同窓会のうち1年次のものはやめた。また会社員時代の名刺やスーツやネクタイもなかり処分したし、年賀状の送付先も200通余りまで減らしてきた。

あと残るのは書籍と音楽を中心とするCDである。特に書籍については、これまで何度も段ボール箱に詰めて書籍買取業者に送ってきたが、どうもしっくりしないのは、せいぜいが1箱500円くらいにしかならないことである。お金のことだけを言っているのではない。それぞれの本の価値がどのように査定されているのかがよくわからないことによる不納得感である。

そこで最近やり始めたのが、フリマアプリの代表格である「メルカリ」である。これはよくできたシステムででありビジネスモデルである。先ずは、スマホのアプリ上で本の裏表紙についているISBNのバーコードを読み取らせると瞬間で書名や著者名だけでなく概略内容や出版日、そして厄介な参考価格ま表示される。そこに汚れ具合などを追記したうえで1冊ずつ「出品」する。

するとそれを買いたい人から意思表示があり、支払いが済むとすぐにコンビニ経由で発送すれば代金がポイント(電子マネー)で支払われる仕組みである。1割の手数料と送料実費は代金から差し引かれてアプリ上にポイントとして残り、それはアプリ上で販売されている梱包用品などの購入費用として使用できる。代金の相殺はすべてアプリ上で行われるため、出品者も購入者も直接に現金に触れる必要はない。実に安心、簡単かつ明瞭である。

新品のまま読めていなかった本や新品同様のCDも含まれていたおかげで、これまでの1ヵ月くらいで10数冊が売れ、数千円をゲットできた。何と言っても嬉しいのは、その本の価値を認めたうえでそれを求める人に届けることができることである。それは金額だけでは表せない喜びでもある。

まさに、「捨てる神あれば拾う神あり」そのものである。忙中閑、これからもすき間時間を活用してせっせとメルカリに出品しながら私の断捨離を進めることにしよう。いやあ、断捨離もやり方次第で楽しいものだなあ。
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2020/6/1

「巣ごもり生活」で気づいたこと  短歌

購読している新聞の土曜面に「何でもランキング」の欄があるが、今週はコロナ禍で長く続く「巣ごもり生活」による在宅が長くなった中で見つめ直した日常として、「気づいたこと」のランキングが掲載されていた。これを妻の節子さんにも読み聞かせて、二人で「あるある感」を共有した。面白かったので、その上位をここにも転載する。

@お金がかからない。
A自宅に不要品が多い。
B活動量が減り、食生活の見直しが必要。
C家族のリスクマネジメント能力。
D家族一緒の食事の楽しさ。
E衛生に気を配り、風邪引かず。
Fレトルトや保存食が美味しい。
G長い通勤は体力消耗が激しい。
H家事上手な家族のありがたみ。
I集中して何かを作る楽しさ。

因みに、併記されていた「挑戦したこと」の中には、「家財の断捨離・掃除」をはじめ「家の中でできる運動」「録画や本など眠るコンテンツの消費」「飲食店のテークアウト」「キャリアアップに向けた勉強」「マスク作りなどの手芸」「通販や宅配サービスの利用」などが挙がっていた。

私の場合は、挑戦したことの中には「WEB会議」のほか「WEB採用面接」や「オンライン飲み会」が加わるが、それにしてもほとんどが思い当たるものであり、どこの家庭でも同じような巣ごもりをしていたことが窺えて何となく安心した。
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2020/5/30

誌上句会  短歌

コロナウィルスが世界を恐怖と不安に陥れてからというもの、世界的に見ても密着から分散へ、リアルからバーチャルへなどの動きが急速に広まり、通勤はやめてリモートワークにする企業が急増している。私の仕事の面でも、会議や採用面接は集会型や対面型が身を潜めWEB化されている。先日は生まれて初めての「オンライン飲み会」も経験したほどである。

この動きは恐らくはコロナ後も大きく退潮することはなく、「新たな日常」になる可能性が高いとされている。その中で、私の所属する川柳の会も3月4月は臨時休会が続いていたのだが、先日届いた会の郵便には、5月と6月は「誌上句会」を行うとの案内があった。それはそうだろう。いくらコロナが怖いからと言っても、皆さんの創作意欲は溜まりに溜まっているに違いない。

そんなわけで、本日は私も郵便で誌上句会に投稿してみた。その一部をここに記す。

<課題吟>各2句
@課題:「ぼちぼち」
 「お返事はボチボチでんなで済ませる」
 「ええ塩梅ボチボチやってちょうどいい」
A課題:「育児」
 「三世代同居の家に母二人」
 「案外に手塩をやめりゃ子は育つ」
B課題:「疑う」
 「貯金箱付けた印がズレている」
 「マスクなく咳き込む人に背を向ける」
C課題:「今さら」
 「締め切りを過ぎた翌日電話する」
 「二日酔い二軒でやめりゃよかったに」

<自由吟>6句
 「WEB会議居眠りすればすぐバレる」
 「自粛要請さながら知事の品評会」
 「大阪モデル目標あれば頑張れる」
 「コロナ禍で飲み会までもオンライン」
 「新型コロナ働き方も変えちゃった」
 「コロナ禍でハンコ通勤値打ち下げ」
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2020/5/27

ある日の夢について  短歌

最近はよく夢を見るようになったようである。先日も朝方ウトウトとする中で、どうやら最初の会社の技術本部で宴会をした夢を見ていたようだ。それが終わって帰宅する際に、同じ生駒市内に住む元専務から声をかけられて一緒に帰ろうとしたのだが、その宴会をしていた交野市周辺のタクシー会社の名前がどうしても思い出せない。

そのあたりでどうやら夢から覚めたようで、まだ目を明けない中で何とかしてタクシー会社の名前を思い出す努力をしてみるが、なかなか思い出せない。周辺の地名が付いていたのではないかと何となく思い出し、順に思い浮かべてみる。私市、河内森・・・。そうだ私鉄ではなくJRの駅の名前だった。忍ヶ丘、河内磐船、東寝屋川・・・、違う。

5分近くたったころ、ようやく思い出した。そうだ、「星田」だった。そしてタクシー会社の名前は「星田交通」であったのだ!そこでようやくウトウトから本格的に目覚めてベッドから起き出した。

夢とはいったい何なんだろう。深層心理の中で気になっていることや、昔のいい思い出とか嫌な思い出とか心に引っかかっていることを夢想する、というようなことを聞いた記憶がある。そうかもしれないし、そんな直接的なことではなくもっと何か別の象徴的なことの反映として夢を見るのかもしれない。いずれにしても、これまでの数十年間は夢を見たことがなく、あるいは見ていたとしても覚えていないことがほとんどであったが、ここ最近は夢を見てそれを覚えている、という自分の変化に気づいた次第である。
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