2018/7/1

席を譲られることが増えたなあ  短歌

ここ数ヵ月の間に電車内で座席を譲られることが急に増えた気がする。つい先日は、いつも断るのは申し訳ない気がしてありがたく受け入れて席を代わってもらった。日本の若者のマナーが急に向上したのだろうか?いやそうとも思えない。ではなぜか?どうやら半年前の腰椎圧迫骨折のせいで私の腰が曲がっているからのようだ。

骨のほうはかなり良くなった気がするのだが、骨折のせいで腰骨の形が前のめりというか前傾していることもあって、自分では背筋を伸ばしているつもりでも自然に前傾姿勢つまり腰が曲がった形になるのである。これはどうしても老人特有の姿である。

単に年齢だけのせいではなく、そういう姿勢が私を真の老人に見せているのであろうと推察される。これは嘆くべきことだろうか?それともやむを得ないこととして受け入れるべきことなのだろうか?う〜ん、難しい。現実を認めまいとする気持ちと認めなければいけないだろうという気持ちが交錯する。

これまでは歩く速度も、どんな年代にも負けないものであったのが骨折以降はグンと遅くなり、一時は女性にさえ追い越される程度にしか歩けなかった。しかしながらそれも随分回復して、最近ではほぼ元どおりの速度で歩けるようになったのだから、もう少し時間をかければ姿勢にしても元どおりに近くはなるだろう。

それを信じて、今は素直に席を譲ってもらうことにしよう。

 「若者に席を譲られ梅雨明ける」
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2018/6/27

民営化の効果かな?  短歌

4月から民営化された大阪の地下鉄「大阪メトロ」を利用していて、以前とは何か変わったような気がする。それもいい意味においてである。乗務員の愛想がよくなったし、車内アナウンスの声もハキハキとしてきたようだ。

その理由が何かを考えてみた。まず浮かぶのは、民営化されたことによって赤字を出しても税金からの補填がなくなるので会社をつぶさないため、つまりは自分が失職しないために必死な気持ち、つまりは危機感が呼びこされたのかもしれない。次に、経営者が変わったことである。それによって、社員に求めるものが明確になったのかもしれない。

思えば30年くらい前に中国に出張した際、北京である国営のホテルに泊まったら、食事のあとのコーヒーが飲みたくなってカップを掲げて注文したそうな行動をしたのだがレストランのスタッフは気づいているのかいないのか、全く私のところには来なかった。翌日は国道を挟んだアメリカとの合弁のホテルで食事をしたところ、私がビールを飲み終えるかどうかという時点でスタッフがニコニコと近寄ってきて「もう一杯いかがですか?」と話しかけてきたものである。

つまりは、当時の中国では「サービス」という概念がなく、色んな努力や工夫をしてもしなくても同じ給料であるため、お客に対する接し方が全くなっていなかったのだが、その5年後にまた北京に行ったときには、新しい空港でカウンターに長蛇の列ができていたところ、空港スタッフが私の便名と出発時刻を確認したうえで閉まっているカウンターを開けてくれて手続きをしてくれた。全く別の国に来たような感じがしたものである。

そも人間というものは、どのようにすれば評価されるのか、役割は何かを明確に示されればその実現のために努力をする生き物なのであろう。顧問先である中小企業の人事評価基準の見直しをしている昨今、ふとそんなことを考えた次第である。


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2018/6/18

長岡京を探訪した  短歌

昨日は、大学OB会の歩こう会である「つれもて会」の月例会で、京都の向日市を歩いてきた。主な行先は平城京から遷都された784年から794年に平安京へ移るまでの10年間だけ都が置かれた「長岡宮」などで、阪急電車の洛西口駅から西向日駅までの約7kmの行程であった。長岡京というのは、現在の向日市、長岡京市、京都市西京区にまたがるが、大極殿などの長岡宮が置かれたのが都の北端に位置する向日市であったらしい。

コースは、物集女(もずめ)街道を横切り乙訓(おとくに)の名産である竹林への急坂を分け入っていく。1時間余りで着いた京都市洛西竹林公園では京都市の説明員が約110種の竹の解説と、それらを主体とした回遊式庭園の解説をしてくれる。私はその中では亀の亀甲模様が刻まれた「キッコウチク」が気に入った。これは自然の産物ではなく京都の職人が創り上げた銘竹の一種だそうだ。

観覧を終わったあとは近くの子供の広場で昼食を摂り、その後は各種の竹で造られ名づけられた「○〇垣」を道の両側に見ながら寺戸大塚古墳、桓武天皇皇后陵、元稲荷古墳などを経て長岡宮跡に着く。先ずは大極殿跡であるが、やはり直前までの都であった平城京の大極殿とは異なりそのスケールは大きくはない。しかもそこには民家が建てられているのでやや興ざめである。

ここでも市役所の説明員がついて、法幢跡、朝堂院跡を参観する。民家が立ち退いた後を市が買い取るなどして細々と史跡を残しているという風情である。そこからはもう数分で西向日駅に着く。

一旦解散のあとは、お決まりの「反省会」という名の飲み会である。電車で5駅くらい大阪よりの高槻駅の近くの居酒屋に40名中の16名が参加して1時間余り喉を湿らせる、いつもの光景であった。

 奇妙な模様の洛西竹林公園の「キッコウチク」
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 「長岡宮跡」のガイド板
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2018/6/11

「プランク」という腹筋強化法を見つけた  短歌

骨折以来、腰痛が治まっていない。そこで腹筋を鍛えるためにもスクワットを続けているが、なかなか効果は表れていない。そんなとき、ある友人から「プランク」という腹筋強化法のことを耳にした。

これは「アイソメトリック」と言われる方法の1つで、関節を動かさず固定したままで筋肉を収縮させる腹筋法である。効果としては腹直筋と腹横筋の強化にいいらしい。やり方は、うつ伏せになって肩幅に肘をつき、つま先立ちして腕立て伏せに近い格好でできるだけ長く体勢を維持するものである。気をつけるのは、身体をできるだけまっすぐ一直線に保つことである。

これを、最初は20秒間から始めて次第に30秒、60秒と増やしていき、3〜5分間くらいまでを目標に取り組むものである。できればその際に「ドローイン」の呼吸法も併用して腹筋を意識したやり方にするとさらに効果が高いらしい。慣れないと60秒でも苦しいが、続けることにより何とか時間を延ばすことはできそうだ。

スクワットにおいてもそうだったが、腹筋運動においてもやはり「正しい方法」を行うことと、続けることが大切であることを再認識した。これで親友達との山歩きが楽しめる日が少しでも早く来ることを期待して、続けることを決意した。

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2018/6/7

初夏の北陸旅行  短歌

節子さんが富山に行きたいと言い出したので、急遽プライベート旅行を計画し北陸一泊旅行に出かけた。テレビで雪の残るきれいな立山を見て行きたくなったらしい。先ずネットで富山のホテルを取り、同じくネットでレンタカーも予約した。JR線については私の分はジパング倶楽部で3割引きである。

早朝には自治会の一斉清掃が入ったので旅行を諦めかかったが、調べると京都から富山まで金沢で乗り継いでも2時間半しかかからないので決行することにした。京都駅で駅弁を買い車内で食べる。インバウンドを意識してか、駅弁の包装紙にもローマ字表記が目立つ。福井から金沢にかけての車窓からは北陸新幹線の大阪に向けての南進工事が順調に進んでいるようである。

金沢駅で「サンダーバード」から新幹線の「つるぎ」に乗り換えて25分で富山に着く。ホテルまでは富山駅構内にも停留所のある富山地鉄の市電で向かう。4つ目の停留所の真ん前である。今夜の夕食は海鮮料理と決めていたので、ホテルでお薦めのお店を尋ね近くの提携店に行く。さすがは富山湾で採れたての(現地では「きときとの」と表現する)魚介類に舌鼓を打つ。

翌朝も絶好の日本晴れである。歩いてすぐのレンタカー会社でコンパクトカーを借りて、先ずはすぐ近くの富山城の駐車場に停め写真を撮る。車にも慣れてきたので七尾市へ向かう。能登島での昼食を考えていたのだが、時間が中途半端なので思案していたら路傍の「七尾城址」の標識が目に入ったので、そこへ向かう。かなり登り詰めた城跡の展望台からの眺望は素晴らしい。「七尾」という名は7つの尾根から来ているらしい。

下山したらちょうど正午なので、能登島は諦めて七尾港に隣接するフィッシャーマンワーフで海鮮料理を注文する。特大のみそ汁も付いた海鮮丼は魚介類の種類も多く食べ応えがある。輪島塗のお箸をお土産に購入して一路レンタカーを金沢へ向ける。交通渋滞もなくスムーズに金沢駅前のレンタカー会社に到着した。

帰路の特急車内ではまたもやウィスキーの水割りを楽しむ。隣席の若手西洋人夫妻との会話も楽しみつつ、あっという間に京都駅に着く。京都駅ビルでは旅行最後の夕食を楽しむ。ここまで帰ってきたら、やはり気持ちは落ち着くものである。1時間後にはほろ酔いで自宅に到着した。今回も大満足の旅行であった。

  富山城の天守閣
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  富山市内の市電(地方鉄道市内線)
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  七尾漁港での昼食
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タグ: 北陸 立山 能登半島



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