2019/9/23

いやあ、映画もなかなかいいものだ  短歌

最近、立て続けに二本の映画を観た。映画館で観るのは久しぶりである。タイトルは、「引っ越し大名」と「記憶にございません」である。

「引っ越し大名」のほうは、江戸時代に何度も何度も転封つまり引っ越しを強いられた越前松平家が姫路から大分の日田へ、そして東北へと、その後も何度も引っ越しを重ねる、という物語である。

元々財政に余裕のない藩で、書庫番をしていた若い下級武士が引っ越し奉行に任命されるが、その誠実さから周りの協力を集め、結束して使命を果たし、やがて家老に引き立てられるという結末であった。

「記憶にございません」のほうは、三谷幸喜の作品で、ワンマンで傲慢で歴史的に支持率の低い総理大臣が頭に投石を受け記憶喪失になった物語である。記憶を失ったおかげで、彼は
自分が成してきた悪政もその根拠となった腹黒い考えも忘れてしまっていた。

だから一人の人間として、あるべき姿を求めて判断し行動した。記憶を失くしたからこそ自分のこれまでを躊躇なく否定し覆すことができたのである。その結果は、総理大臣としても人気を取り戻し家庭内にあっても家族からの信頼と愛情を取り戻すことができたのである。

誰かのセリフではないが、いやあ映画ってなかなかいいものですね、と叫びたい心境である。
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2019/9/14

瓢箪山という駅  短歌

約12年前に生駒に転居してから、先輩の紹介で知った瓢箪山のスナックに年に数回行くようになった。それまでは全く知らなかった場所である。調べてみると、瓢箪山の地名の由来は、古墳時代後期の6世紀末に作られた古墳の形が双円墳で瓢箪の形をしていたところから通称「瓢箪山古墳」と呼ばれるようになり、周辺の土地も瓢箪山と呼ばれるようになったらしい。

実は、近鉄電車の瓢箪山駅の奈良方面行きのホームには楠正行の墓標があるのである。あの楠木正成の息子であり、四条畷の戦いで勇名をはせた武将である。正行の墓は近くの四条畷神社の境内にもあると聞いているが、伝説ではこの駅のあった場所にもお墓または身体の一部が埋葬されていたのかもしれない。

現在の駅前は、線路と直角につまりはほぼ南北に長い商店街が広がっており、乗降客の数は朝昼晩を問わずかなりの数になる。バスのターミナルにもなっており、北側のJR四条畷駅や南側の近鉄山本駅との間を毎時数本ずつ走る路線がある。にもかかわらず、この駅には各駅停車しか停車しない。これははおかしいことである。なぜそうなのであろうか?

思えば、1つ大阪寄りの東花園駅にはラグビー場があるせいか準急が停まり、大きな大会がある時期には快速急行まで停車する。その隣の駅だからであろうか? いずれにせよ、不思議な話ではある。

  近鉄「瓢箪山」駅のホームの楠木正行の墓標
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2019/9/5

目的があれば  短歌

この2ヵ月余りの腰痛治療を経験して痛切に感じたことがある。それは、念ずれば通ずるというか、目的さえあれば、そしてそれが強い熱意に裏づけられていたら、何とか実現するものだということである。

今回の北アルプス遠征のための鍼灸による腰痛治療がその最たるものである。目的さえあれば、先ず自分自身が必死になるだけでなく、治療に当たる鍼灸師もできる限りの努力を傾けてくれるものだということを再認識した。

さらには、同行予定の親友達も通常の協力や配慮だけでなく、場合によっては本人以上の熱意からの厳しい助言と叱咤激励をしてくれたのである。これで治らないはずがない。こうして今回の北アルプス遠征は大成功したのだが、成果はそれだけに留まらない。

腰痛治療に精を出していると、体重管理にもプラスに作用したようで、あれだけ苦労しても中々下がらなかった体重が、遠征の直前には67kgを切るかどうかくらいまで下がったのである。これは、半年で約2kg、2年間では5kgも落としたことになる。いわゆる相乗効果ということであろうか。

人材育成の上でよく言われる「目的を持てば実現する」ということを身をもって実感した。
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タグ: 目的 熱意 実現

2019/8/29

北アルプス西部7日間縦走は大成功!  短歌

8月21日から27日までの7日間は北アルプスの西部地区を縦走してきた。コースは富山から折立登山口に入り、薬師岳、雲ノ平、祖父岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳、鏡平を経て新穂高温泉へ至るものであった。メンバーはいつものドリカム登山会のメンバーである。

実はこのコースは、大学のワンダーフォーゲル部に入部してすぐの8月に燕岳〜槍ヶ岳〜双六岳〜雲ノ平〜薬師岳〜折立までを14日かけて歩いたコースのほぼ半分を逆方向に歩いたものである。つまりは今回の多くの山は実に53年ぶりに訪れたことになる。しかしながら今回は53年前とはいくつかの点で違いがあった。

1つ目はメンバーである。53年前はワンゲル部員だけだから全員が若かったし、人数も8名くらだったが、今回は同い年の仲良し4人組である。私自身はと言えば、19才当時と71才とでは体力には天地ほどの差があるし、50kgであった体重も今や67kgだからこれも大違いである。

2つ目は荷物の重さである。当時は今のような縦長のザックではなく横長で帆布製のキスリングを背負ったし、テントも水を吸いやすい帆布製で、さらには食料まで持参したから約40kgくらいを背負ったものだが、今回はすべて山小屋泊まりだから約8kgに抑えることができた。

先日来ここに書いたように、1年半前の腰椎骨折に端を発する腰痛のために、何度も参加を断念しかけた今回の山行であったが、名人鍼灸師のゴッドハンドによる治療と、メンバー全員による緻密で安全対策を盛り込んだコースプランのおかげで何とか完走できたことは筆舌に尽くせないほどの感動であった。

今回の縦走の成功によって、腰痛もほぼ克服できたし、体力と脚力についても大いに自信を取り戻すことができたが、これは偏に、計画段階から事前のトレーニングそして本番まで、一貫して私を励まし支援し続けてくれた親友たちのお蔭である。「持つべきものは友」を強く実感した。

 槍ヶ岳をバックに(祖父岳にて)
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 縦走路からの槍ヶ岳(3180m)
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 三俣蓮華岳をバックに休憩中
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2019/8/19

念願の北アルプス再挑戦  短歌

昨年1月の腰椎圧迫骨折から1年半、骨折の治療そのものは終わっていたものの、昨年は後遺症としての腰痛に悩まされ、登山ができず棒に振ってしまった1年間であった。やむを得ず15年ぶりに再開した門真市の鍼灸院であったが、これがみごとに大当たりで、12回通ってようやく明後日からの北アルプス最深部の縦走に参加できる見通しが立った。

今回の行き先は、富山から登山口となる折立に入り先ずは1000m登って太郎平小屋に泊まる。翌朝は軽荷で薬師岳山頂(2926m)まで片道600mのピストンである。この小屋でもう1泊した後は、これまた急坂を経て雲ノ平に向かい雲ノ平山荘に泊まる。それ以降は、鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳などを経て鏡平山荘に泊まり、最終日は新穂高温泉に降って入浴後は長距離バスを乗り継いで京都まで帰ってくる計画である。

実は1ヶ月くらい前までは「行ける」という自信と不安は半々であった。従って、もし行けなかったらどういう言い訳をしようかとか、行けない場合はいつまでに決断すべきかなどと、悶々としていたのだから、わからないものである。鍼灸院の銘治療師さんも「何ごとも、どうしても達成したいという目標があれば、人間は何でもできるものですね」と苦笑されていた。私も全く同感である。

もっとも今回のような北アルプス級への長期の遠征は来年以降はたぶん難しいであろう。だからこそ、今年が最後というつもりで臨みたいのである。3人の大親友と行く4名での今回の遠征が無事にまた好天のもとに成功裡に終われるよう、仏壇にもよくよくお願いしておいた。
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