2019/12/22

母の一周忌を終えて  短歌

昨日は和歌山市内の菩提寺で亡き母の一周忌を執り行った。母保子は昨年末の12月28日に亡くなり、31日に葬儀を行った。1年経つのは早いものである。

葬儀の際は、大晦日ということもあり親戚にも知らせずに、私と弟とその家族だけで内々に行ったのだが、今回は親戚にもご連絡をして開催することにした。結果は親しい従兄達が駆けつけてくれ、総勢で15名の参列者となった。

お寺での法要のあとは、市内の料亭で庭を眺めながらの粗餐となった。冒頭に、私と弟が下座に立ち、1年前の事情と不義理をお詫びし併せて今回のご参列のお礼を述べて粗餐は始まった。

場は和やかに進み、母の若い頃の写真を見ながらその思い出を語り合ったり、お互いの近況を語り合い、旧交を温め合うことができた。

父男也(おなり)は大正9年3月11日に生まれ、29年前の平成2年5月27日に満70才で亡くなったが、母保子は大正14年5月25日に生まれ、1年前の平成30年12月28日に満93才で亡くなった。父の分まで長生きをし、まるで眠るように息を引き取った。

私も次の2月には満72才となり、6回目の干支を迎えることになる。既に父の年令は2才も超えた。さああとは母の生きた年令を目標に、元気に歳を重ねて行きたいものである。

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2019/12/20

「ひこばえ」その後  短歌

11月7日のこの欄で「ひこばえ人生」について書いたが、あれからちょうど2ヵ月経った今日、その近くを歩いていてひこばえのその後の姿を見た。あれからは田んぼの持ち主から全く放置されているのだから当然のことなのだが、写真のとおり成長は止まって背の高さは同じままで、変わったのはすっかりと枯れてしまっている点である。

これを見てふと考えた。「ああ、このひこばえはもう自分の役目を果たし、人生を終えたのだなあ」と。しかし次の瞬間、「いやいやそうではない。完全に枯れきったら粉々になって田んぼへ崩れ落ち、土に返って来年の稲作のための肥料になるのだから、まだ役目は終わっていないのだ。」と気づいた。

ひこばえはしつこい。そして尊い。死んでからも、いや死んでからのほうが真に役に立つ「人生」、いや「ひこばえ生」なのだからすごいことだと感じる。

第1の人生における死などは恐れることなく、むしろ第2の人生というか来世に行ってからも世の中のお役に立てることを願い、残された日々はますます勉強を続けねばならない。人生、一生学びの継続である。

併せて、生きた証として何を、どのような形で残すのか、それを考えなくてはいけない。私の場合、それはいわゆる「お墓」ではないような気がする。

 10月20日の「ひこばえ」:
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 12月20日の「ひこばえ」の姿 :
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2019/12/17

オフィス街はビジネスピープルで溢れている  短歌

私の顧問先の1社が10月末にオフィスをグランフロント大阪から移転した。友人が経営しているその会社へは10日に1回のペースで出社することにしているのだが、ある事業の相手先の中国企業の都合で合弁を解消することになりこれに伴って2名の男性社員が退職したこと、あまりにも家賃が高かったことなどが移転の理由である。

移転先は、地下鉄の本町駅の近くにあり、御堂筋に面した大通りの角にある東芝大阪ビルの最上階の9階である。社員数の減少に伴ってスペースも一回り小さくなったが、打合せスペースは十分にあるし、セキュリティも万全で機能性も抜群である。しかも角部屋なので、眺望が抜群によい。何よりも、地下鉄の本町駅の8番出口を出たらすぐに件のビルの入り口になるから、交通が至便である。

通りの名前の由来になる北御堂も、直接は見えないものの斜め向かいのビルの窓ガラスに屋根の擬宝珠が写り込んでいるし、夜になると御堂筋のイチョウが紫色のイルミネーションで彩られる。ビルの1階角にはスターバックスがあるし、そのお隣には有名コンビニがある。お昼ともなるとどこからともなくビジネスピープル達がぞろぞろと出てきて、御堂筋沿いの広い道路を埋め尽くす。

これまでは知らなかったが、地上の道路沿いには見えないものの一旦地下に潜ると、おしゃれなレストランや、夜は居酒屋になる食堂が驚くほどたくさんある。彼ら彼女らは流れるようにそれらのお店に吸い込まれていく。まるで澱みがないのである。もちろん、安くてうまい。

そんな時、東京には及ばないものの全国でも有数のオフィス街に、この私がいることを実感する。現役会社員の時代には、門真市や守口市というのどかな地方都市で勤務し、会社の構内の食堂で同じ会社の人間とだけで食事をしていた人間にとっては信じられない環境で仕事をしている自分がいる。ああ、ビジネスの最前線で仕事をしているんだなあ、という実感がしみじみと湧いてくるのである。

どちらがいいとか悪いとかは別として、長生きはしてみるものだなあ。
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2019/12/12

日本でもダイバーシティが進んでいるなあ  短歌

環状線の電車に乗っていたとき、ふと眺めた車中広告が目に留まった。それはある女子大学の学生募集の広告で、「2020年4月に建築学部誕生」とある。学科は建築学科である。広告には「女子大学初」とある。

最近は、様々な職業に女性の進出が見られる。それは、一般的な事務系の仕事やメーカーでの製品開発の仕事での増加だけでなく、ダンプカーの運転手や電車、タクシーの運転手など、これまでは男性の仕事と見られていた仕事においても感じられることである。

進出著しいのは女性だけではない。新聞で見かけるだけでも、いくつかの私立大学ではアフリカなど外国人の学長が何人も誕生している。私の母校である和歌山大学においても、今年4月から経済学部長に就任したのは北部アフリカのチュニジア出身の男性である。

ましてや一般企業においては、外国人の社長や役員、幹部はザラであり、社内の公用語を英語にした企業もあるくらいである。現に私の4社目の顧問先も、小規模ながら中国人女性が経営する人材関係の会社であり、男女2人の社員も中国人である。ということは、そこでは4人の内で私1人だけが日本人なのである。

このように、ふと気づいてみると我が日本でもかなりダイバーシティが進んでいることがわかる。そこに加えAIがどんどん進化して、単純労働だけでなくかなり複雑な事務系業務も担当するRPA(事務業務ロボット)も拡大しつつある。

何にも勉強をせずに旧態依然な仕事のやり方を続けていたら、仕事をなくす人が増えるなあ、と感じた。
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2019/12/5

「ティール組織」を少し学びました  短歌

先日はインテックス大阪での人事セミナーで「ティール組織」の講演を聞いた。講師は同名の著書の解説者である有名大学の若い准教授であった。この「ティール組織」とはフレデリック・ラルーが2014年に提唱した概念であり、社長や上司がマイクロマネジメントをしなくても、目的のために進化を続ける組織のことである。そのため、指示系統がなく、メンバー1人1人が自分達のルールや仕組みを理解して独自に工夫し、意思決定していく、という特徴がある。

ティール組織に移行する意味や期待されていることは、組織内の階層的な上下関係やルール、定期的なミーティング、売上目標や予算などといった、当たり前のように行われている組織構造や慣例を撤廃し、意思決定に関する権限や責任を管理職から個々の従業員に譲渡することで、組織や人材に革新的変化を起こすことであるという。

ラル―は、ティール組織に至るまでの組織フェーズを、次の5つの色名を付けた5段階で捉えている。
@レッド組織 :個人の力で支配的にマネジメント
A琥珀組織  :組織を厳格に全う
Bオレンジ組織:ヒエラルキー(階層)は存在するが、成果を出せば昇進可能
Cグリーン組織:主体性が発揮しやすく、多様性が認められる
Dティール組織:組織を一つの生命体として捉える

また元大手コンサルティング会社に勤務していて今は北欧に住むラル―は、ティール組織の共通点として、「セルフマネジメント(自主経営)」、「ホールネス(全体性の発揮)」、「組織の存在目的」の3点を挙げている。他でいう「自律的な組織」に似ているが、少し違うようである。

しかしながらこの准教授は、まだ新しい概念であるだけに、そのまま現在の組織に当てはめようとはしないことが大切である、と強調されていた。それはそうだろう。次から次へと発表される新しい理論や考え方を、その前提となることも確認せずに自社に適用しようとしてもうまくいくはずがない。まさに木に竹を接ぐことになりかねない。日本人と日本の会社はよくよく弁えねばならない。
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