2019/4/6

母校の新入生に同窓会のPRをしました  短歌

昨日は好天のもとあちこちで入学式が行われていたようだが、私の母校の大学でも入学式が行われ、4つの学部合計で1000名余の新入生が入学をした。学内には全員が入れる施設がないので、私鉄のターミナル駅の近くにある市民会館で午前中に入学式が行われ、午後からは各学部ごとに講義の受け方や学生生活などに関するガイダンスが行われた。

私の卒業した経済学部では、今年は約330名の新入生が入学してきたのだが、私はそこで彼らを相手に20分ばかり時間をもらい、同窓会の紹介とPRをさせてもらった。これは昨年の9月に後期のガイダンスにあたって3回生を対象に話をさせてもらったことに続いて2回目の経験である。これまでは同窓会長がやっていたことであるが、昨年からは私にお鉢が回ってきたものである。

黒い真新しいスーツ姿の新入生男女が階段教室をぎっしりと埋め尽くしている。当然ながら、みんなの目は真剣でひと言も聞き逃すまいという姿勢で聞いてくれるので、こちらも自然に緊張する。

入学へのお祝いのことばに続いて私は、パワーポイント12枚を使って、同窓会である「柑芦会(こうろかい)」の会員数が25,000名であることや、海外を含み全国に28の支部組織があることや、卒業生の中でも経済界やマスコミや政界で活躍する(またはしていた)著名なOB、OGの例や、同窓会が行っている「学生支援活動」の紹介をした。実は私はその学生支援委員長であり、大阪支部の副支部長を兼務しているのである。

併せて私は彼らに対して、「卒業後は正解が一つだけとは限らない世界で仕事をし生きていくことになるので、自分自身で課題の解決方法を考えられるようになることを学生生活の目標の一つにすること」を要望した。そして、そのために参考になりそうな本を2冊紹介しておいた。それらは、「○に近い△を生きる」(鎌田實)と「ラッキーをつかみ取る技術」(小杉哲哉)である。

みんなが有為な人材に育つことを祈念して話を終えた。
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2019/4/2

「いだてん」にキレました  短歌

前々から評判の悪い今の大河ドラマ「いだてん」だが、一昨夜の放送ではとうとう私もキレてしまった。以前から指摘していたことだが、またぞろビートたけし演ずる古今亭志ん生がやたらに目立ってきたし、志ん生の若いころの役者も中途半端に目立っていて、誰が主役なのかさらにわからなくなってしまっている。

時代がコロコロと遡ったり戻ったりの悪害も相変わらず全く改善されていない。一昨夜の放送は特にひどかったので、最後まで見ずに、とうとう電源を切ってしまった。来週からはブルーレイへの録画も解除した。これでは演じさせられている役者の皆さんが気の毒でならない。

NHKはなぜゆえにこれほどひどくなったのだろうか?こんな体たらくを続けていて、視聴者を無視し馬鹿にした番組を高額な制作料を使い続けるのなら、半強制的な視聴料という名の税金はもう支払いたくはない。これまでの分も含めて返却してほしいほどである。

そもそも、大河ドラマとしての題材選びは適切であったのだろうか?もし、金栗四三だけでは45分番組で半年間も持たないから主役を二人にした、というのなら選択間違いであろう。もしそうでなかったというのなら、巨費を使って自己満足を追求し続ける脚本家がお粗末すぎる。いずれにしても、それらを見越せなかった番組スタッフとNHK幹部の責任は逃れることができないだろう。

元号も令和に改まる今年を契機に、NHKの存在やあり方そのものも抜本的に見直すべき時期に来ているとしか考えられない。

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2019/3/31

雑感「センバツ高校野球」  短歌

平成最後のセンバツ高校野球大会が甲子園球場で開催されている。今年は出身地の和歌山から2校も出場しているだけでも関心が高かったのだが、今日から始まった準々決勝の8校の中に何と和歌山の2校とも残っているのには正直驚いた。第1試合の市立和歌山高校は残念ながら千葉県の習志野高校に惜敗してしまったが、第4試合の智辯和歌山高校には期待している。

市立和歌山高校は、私が高校生であったころには市立和歌山商業高校(略称、市和商)という名前であった。53年前には、後に阪神タイガースに入団して2000本安打を放ち名球会入りを果たした藤田平選手を擁した市和商チームは甲子園で準優勝を果たした。

藤田平君は、私とは小学校と中学校で同級生であり自宅も比較的近かったので、よく知っている人物である。小学校時代は狭い校庭で野球をやったら彼の打球だけは外野手の頭上をはるかに超えて校舎の2階の窓ガラスをよく割っていたのを覚えている。それがきっかけで、彼がプロ野球に入ってからはひいきチームを南海ホークスから阪神タイガースに変えたものである。

一方の智辯和歌山高校は、私が和歌山市に住んでいる時代にはまだ存在していなかった。奈良の智弁高校の弟校として後に和歌山市と海南市の境目あたりに設立されたらしいが、今では野球だけでなく有名大学への進学実績も高いと聞いているので、明治の昔から文武両道で鳴らした和歌山中学の歴史を継ぐわが母校の県立桐蔭高校の十八番を奪われた感もある。

いずれにしても、グラウンドやスタンドに溢れる高校生たちを見るにつけ、若いということは素晴らしいなあとつくづく思わされる。そして、自分にもあんな時代があったのだなあと、しみじみと感じさせられる。

人生100年時代。そこまでは無理だとしても80年以上は生きられそうな現代、残された時間をどのように生きるのか、どうせなら悔いのない日々を送りたいものと改めて思い定めた。
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2019/3/26

「量」より「質」に目を向けるべき  短歌

先日のテレビで看護師と保育士達の過酷な勤務実態が報告されていた。その中である看護師は、「国は法律や制度や基準を考える際に、目で見える数字や量だけを見ていて、看護の質というものを見てくれない」と訴えていた。全く同感である。

経営や人事の世界でも同じことが言える。企業の業績は売り上げで評価されることが多いし、個人の業績も売り上げなど数字など目に見えるもので評価されることが多い。短期的な評価の場合など、それでも正しい場合があるものの、真の姿を現しているかどうかは数字だけでは見えないものである。

むしろ、社員のモラールの高さのほうが企業の強さをよく表しているし、チームの業績に貢献したり後輩たちをしっかりと指導育成できたかどうかのほうがその個人の実績・力量を表しているように思う。つまりは「量」よりも「質」に目を向けるべきなのである。

同じことは、国の政治についても言える。景気や物価を表すには主に指数などの数値が使用されるが、それらは国民の実感とは一致しないことがしばしば見られる。実感と一致した数字ならばそれなりに意味はあるかもしれないが、その大元になる毎勤統計などの数字が間違っていたりいい加減な調査方法であったことがわかった今は、余計に数字が信じられなくなってしまう。

今こそ「見えないもの」に目を向け、大切にすることを考えるべきではないのだろうか?
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2019/3/18

NHKはまだ必要なのか  短歌

我が家ではNHKをよく見るが、中でもニュースのほかにはやはり朝ドラと大河ドラマが中心である。現在放映されている朝ドラ「まんぷく」は日清食品の創業者である安藤百福がモデルのドラマである。我が家だけではなく、総体に評判はいいようである。対して、大河ドラマの「いだてん」のほうは、我が家でも世間でももう一つというよりかなり評判がよくない。

両者の違いは、脚本の違いではないかと私は見ている。朝ドラでは主人公の安藤さくらとその母親役の松坂慶子の演技が好評だが、私はそれぞれの役柄をきちっと決め込んでそれをこれでもかというくらいに忠実に再現しているのがいいと感じる。一方大河ドラマのほうは、金栗四三という主人公のほかに古今亭志ん生と言うもう一人の主人公のような存在が出てくるわ、それが目立つ人物であるビートたけしが演じているせいで本来の主人公がかすんでしまっている。

加えて、時代が明治時代であるかと思えば東京オリンピックのあった1964年になったり現代になったりするものだから、視聴者は展開についていけない。思うにこれは脚本の違い、脚本家の違いというほかはない。これは脚本家が視聴者のことをそっちのけで自分が楽しんでいるだけだろう。さらにはその撮影のためスウェーデンへの海外ロケまでやっているのだから、無駄遣いとしか言えない。

その他でも、問答無用で国民から受信料を徴収しているほとんど国営放送としか思えない放送局ながら、やたらに予算を使って民放もどきのバラエティや、くだらない番組を制作しているのは許せない。苦労もせずに収入が入ってくるし、従業員をたくさん抱えていて遊ばせるわけにいかないからくだらないものでも作ってしまうのである。これでは本末転倒である。ましてや、海外向けも含めいくつもの周波数をテレビでもラジオでも衛星放送でも所有しているのは無駄遣い以外の何物でもない。

今こそ、国営放送なら国営放送として税金で運営、経営することにし、その代わりに制作する番組は今の10倍くらい綿密に吟味すべきではないか。それができないのなら、またその必要がないのなら、NHKなどさっさと解体してしまって民営化すべきである。なくてもいい。中途半端な存在は、誰にとってもいいことはひとつもない。明治時代はもうとっくに終わったのだから、根本的にその存在を見直すべきである。
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