2016/3/12

「復旧」と「復興」の違い  短歌

昨日は東日本大震災から丸5年の節目の日であった。明日は大阪府国際会議場での震災のシンポジウムに出席予定である。そんな折、新聞に連載中の「私の履歴書」の大山健太郎さんのことばを思い出した。それは「復旧」と「復興」を取り違えるな、ということである。大切なことだと思う。

つまり、「復旧」とは元に戻すということであり、単に元に戻すのではなく元の状態以上によくする「復興」とは違うものである。「復興」とは震災やその他のトラブルによって壊れたりなくなったものを、この機会に従来以上に素晴らしいものにつくり換えたり再構築することである。

ところが震災からの復興を目指す地元の人々の願いや都合を無視して政府が支援すると言っているのはあくまでも「復旧」のための支援であり、「復興」のための施策にはお金を出せないというのが政府の基本姿勢だという。ここでもまたぞろ、市民や国民のためより自分達の都合を優先する官僚意識が本領を発揮しているではないか。真の「復興」を支えているのは、ここでもやはり個人や民間組織のようだ。

官僚と民間のこの発想の違いはどこからくるものだろうか?それは、何が起ころうと法律や予算など決まった枠組みの中でしか考えない、または考えてはいけないと教えられている官僚と、環境や状況が変われば少しでも早く対応して課題の解決にあたること、少しでもよりよい解決策を考えるように教えられている民間の違いであろうか?

私はそこに、自分主体で考えるか顧客主体で考えるかや、プロダクトアウトかマーケットインかの違い、ものごとを法律や手段から発想する官僚と本質や目的から発想する民間との違いを感じるのだが、いかがだろうか?どちらのほうが長期的に見て国や国民のために役立っているのだろうか?その違いは実に大きい。税金を払っている私達はそういうことに対してもっと口出しすべきなのではないだろうか?

「税金を払ふは民の義務なれど丸投げなれば無責任では?」

「人々の幸せ目指す人ならば先ず人々の願いをつかめ」
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