2011/3/26

「心は見えないけれど」  短歌

大震災以降、民放テレビでAC(広告ネットワーク)が繰り返し流しているCFの中に心に残る詩がある。いやになるくらい繰り返されているので、誰でも覚えてしまうフレーズである。それは、「心は誰にも見えないけれど、心くばりは見える。思いは見えないけれど、思いやりは誰にでも見える」というものである。

気になったので調べてみたら、宮澤章二という1919年(大正9年)埼玉県羽生市生まれの詩人・作詞家の詩「行為の意味」の一部であることがわかった。彼は東大文学部卒業後、高校教師を経て詩人となり、校歌や合唱曲、童謡などの作詞を多数手がけたらしい。中でも「ジングルベル」の訳詞者として知られている。

何もつけ足すことも削ることも要らない、全くそのとおりで共感できるものである。心の中にストンと落ちてくる。これこそ、ことばの素数というか元素というかエッセンスというべきものである。短歌を学び、ことばを扱う仕事をやっている者として目指すべきところを知った、一流のものに触れた思いがした。真に心を打つものには無駄がないし、美しいものである。

「短くも人の心に訴へることばの思ひ胸を打つなり」

「震災の被害憂へるその前に心配りと思ひやりこそ」
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