2021/12/25

法律と政府組織はスクラップ・アンド・ビルドするべきだ  短歌

総額35.9兆円と過去最大の2021年度補正予算が成立したのは12月20日のことだが、これを追いかけて24日には2022年度予算案が閣議決定され、21年度補正予算と併せた16ヵ月予算として編成された一般会計の総額は143兆円を超える。

この中で気になるのは、補正予算の中でいくつもの「基金」の新設や積み増しに使う支出が少なくとも3.7兆円と、全体の1割を占める点である。この「基金」というのが曲者で、通常の予算に比べて監視の目が働きにくいため、歳出増の隠れ蓑になる懸念があるからである。

昨年度のコロナ対策の補正予算においても、給付金の支給業務を担当官庁が何段階も下請けや孫請けに委託や再委託して、システムエラーの原因や責任を不明確になったり、執行率が低く次の年度に回されるということが発生するなど、いい加減な事態が発生したことは記憶に新しいできごとである。

補正予算は、1回限りの支出という理由もあって甘くなりがちだという面があるようだ。さらに「基金」は、予算の単年度主義にとらわれないため長期にわたり機動的に財政出動できる反面、額ありきで需要が過大に見積もられやすい、という面を持っている。基金の乱立などにより監視が甘くなり高額な無駄を生む今のやり方は、国民の血税を軽視したものであり、一部の癒着業者と介在する政治家や官僚を喜ばせるだけである。

こういう状況を惹き起こしている原因の一つは、日本の法律や政府関連組織が「ビルド・アンド・ビルド」の一方であり、その結果法律も組織も複雑怪奇になってその全貌が誰にもわかりにくくなっていることがあるのではないか。ここにこそ大きなメスを入れて、スクラップ・アンド・ビルドを推進してくれる政治家は現われないものだろうか?
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2021/12/18

「カムカム・エブリバディ」を観て、聴いて  短歌

今放映されているNHKの朝ドラは「カムカム・エブリバディ」であるが、劇中でラジオ英語講座の開始時と終了時に流れる同名の「カムカム・エブリバディ」の歌詞が耳に残るので気になって調べてみた。それは次のような内容であった。

「Come come everybody.
How do you and How are you?
Won't you have some candy?
One and two and three, four, five.
Let's all sing a happy song.
Sing trala la la la.」

というのが1番である。昔から日本にある童謡の「証城寺の狸囃子」のメロディに乗せているにもかかわらず実にうまく歌詞が振り付けられている。元々こういう曲だったのかと思わせるくらいである。

また、英語講座終了時に流れる2番は次のような歌詞である。

「Good-bye everybody,
Good night until tomorrow.
Monday,Tuesday,Wednesday,Thursday,
Friday,Saturday,Sunday.
Let's all come and meet again
Sing trala la la la.」

2番もこれまた見事にメロディに一致した、違和感のない歌詞の振り付けである。

ドラマはいよいよ母子の娘の代に突入するが、劇中歌を口ずさみながら観るのも乙なものではないだろうか。
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2021/12/12

いい加減に「模範解答」から脱皮しよう  短歌

日経新聞の日曜日の文化欄に「うたごころは科学する」という欄があり、よく読んでいる。筆者は情報科学者であり歌人でもある坂井修一氏である。名前が同じということから親しみも感じているのかもしれない。

先日の当欄では、「模範解答を離れて」と題する小文が掲載されていた。「日本の大学の入試問題、特に数学や理科の問題は、それがいかに難問であっても、解くための材料がすべて与えられており、模範解答がある。一方で、我々の人生や社会の諸問題は、決断のための材料が揃っていないことのほうが多い。まして模範解答などどこにもありはしない」として、いわゆる「受験秀才」の中には30歳近くなってもこのことに気づかない人がいる、と断じている。全く同感である。

筆者も書いているように、昭和の右肩上がりの高度成長期ならともかく、今はこれでは通用するはずがない。「成績を測るものさしは過去に作られたものであり、おじいちゃん、おばあちゃんの鯨尺のようなものである。実社会で問われるのは、新しい付加価値を生む能力やイノベーションを起こす能力であって、鯨尺で測れるものではない」と筆者は続ける。

まさにそのとおりであり、近年では「最大の付加価値を生むための教育」や「イノベーションを起こす研究」がどんどん重視されてきている。筆者も「革新をもたらすのは、100点を取る精神ではない。未知の世界を切り拓く冒険心なのである」と締めくくっている。

この考え方が世の中の常識になるためには、大学入試の内容が大きく変わることが必要であり、そのためには企業や社会も求める人材像を明確に変更することが必要である。要は、戦後教育の基本の考え方と枠組み設計を社会全体で見直さないと世界に後れを取り続けることは間違いない。文科省を中心に政府を挙げた政策転換が急務である。
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