2020/2/29

体力に自信が戻ってきたなあ  短歌

最近は自分の体力に自信が戻ってきたように感じる。尊敬する先輩社長との体重削減競争も、先々月は負けてご馳走をさせられたが、先月はみごとにリベンジ勝利してご馳走のお返しをいただいた。次は2月から3月にかけてまた新しく従来以上に厳しい目標に向けての競争が始まっている。今回も負けるわけにはいかない。

また先週の日曜日は恒例の愛宕山への山行を実施した。1月に計画していたが終日雨の予報だったので延期していたものである。その結果、暖冬のせいか登山路には積雪は全くなく、山頂の愛宕神社の周辺にさえ雪の気配は全くなかった。それはともかく、最近は親友たちとのドリカム登山会でも先頭を歩く機会が増えたのだが、今回も快調にその役割を果たすことができた。

というのも、上記のとおり体重を2年間で6kg近く落としたことが一番大きな要因ではあるが、これに加えてスポーツジム通いが定着したことも大きな要素である。この2ヵ月を振り返って見るとほぼ週に1回はジム通いを果たしている。機械に向かって運動することが嫌いだったのだが、最近はむしろ何キロカロリー消費したとかが数字でわかるので機械で運動するのが楽しくなったくらいである。

いずれにせよ、これらのことが実現できているのは「目標」を持っているからに他ならない。今年も夏には憧れの大雪山に登りに行くという計画があり既に航空便のチケットも親友が確保してくれている。何ごとにも、「目標」を持ちその達成に向けて行動することは大切なことである。
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2020/2/22

ドック健診で医者から誉められた  短歌

毎年、誕生日月である2月にドック健診を受けている。今年は昨21日に受けてきたのだが、今回はほとんどの項目において数値の改善が見られ、受診後の内科医による概略説明では、何と初めて医者から誉められたのである。

先ず誉められたのは「体重」で、「ここ数年間でかなり体重を落とされましたね」と言われた。私からは「そうなんです。2年間で5kg以上減らしました。まだまだ減らすつもりです」と答えた。これに伴って、BMIは27.4から25.7へ、中性脂肪も172から69へ、空腹時血糖値も113から109へと減少していたのである。これは間違いなく体重減の効果である。
 
さらには肝臓機能のGGT(γGTP)も、39から31へと大幅に低下していたが、それもそのはずこれは今年に入ってから週1回以上の「休肝日」をつくった効果である。血圧も前回の145から130へと下がっており、何と肺活量も増えていた。これはスポーツジムの回数が増えたことの効果であろう。

あとは異常値が出ていたのは4000Hz以上の高周波が聞き取れない聴力と、30年前から指摘されている骨髄異形成症候群による白血球と血小板の値が低いことだけである。

この結果には大いに満足し、かつ嬉しくなってしまった。それもこれも、私との体重削減競争に付き合ってくれているあの大親友のお蔭である。こうなってはますます足を向けては寝られない。毎朝毎晩拝むしかないだろう。ありがたいことである。

その体重削減競争も、12月は負けたが1月には勝って1勝1敗である。現在は2〜3月の2ヵ月間の競争に三たび挑んでいる最中である。感謝は感謝として、勝負には負けるわけにはいかない。3月末には65kgを切って再び彼からご馳走にあずかる決意である。
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2020/2/16

街中の4か国語表示  短歌

最近は、大阪市内などの街中や電車の中で日本を訪れる外国人が随分と増えたと感じる(現在は新型肺炎の影響で一時的に激減はしている)が、それに伴って街中の各種の案内板や車内表示で4か国語表示が急速に進んでいる。いいことだと思う。

そういえば、まだサラリーマン時代であった20年くらい前、九州地区の大学への求人担当をしていた時に、訪問先の一つである九州芸術工科大学(2003年に九州大学に統合された)のある教授が、訪日客のために4か国表示の官民合同の組織をつくってそれを先導されていたことを思い出した。もちろん4か国語とは、日本語、英語、中国語、韓国語の4つである。

大昔から中国や朝鮮半島との様々な公私の交流が盛んであった九州、特に福岡県ならではの取り組みであり、さすがにそういう面での先進県であるなあと感じたものである。その後は徐々に、大阪などでも4か国表示は見かけられるようになり、今では外国人がよく訪れる観光地や大都会では当たり前になってきたが、その浸透には時間がかかっただろうと思われる。

そういう地道な努力や実績のおかげで現在のインバウンド急増があることを忘れてはいけないのではないだろうか。もちろん、イミグレーションでの手続きの簡素化など行政サイドの努力もあるには違いないものの、草の根というか民間人の知恵と努力のほうが有効だったのではないだろうか。

多くの外国人に伝わる英語の表記はもちろん必要だが、中国語と韓国語も様々な場所で表記することは、相互理解と世界平和のためにも必要である。難しいことは抜きにして、お隣りさんとは仲良くすべきであろう。

 2017年4月ごろの、地下鉄「東梅田駅」構内の4か国表示
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2020/2/9

運転免許の更新  短歌

今日は3年ぶりの運転免許更新に行ってきた。今回からは、事前に近くの自動車学校で「高齢者講習」を受講することが義務づけられていたので、既に12月には受講しておいた。奈良県の場合、運転免許センターは車で小一時間くらい南の葛城市にある。午前中は自宅の用があったので、午後一番に出かけた。

時々小雪混じりの寒空の中、免許センターは手続きに来た人たちで一杯であった。しかしながら高齢者に関しては、一般とは別の経路が設けられていたので、少し早い目に受付をしてもらえた。受付では先ずカードリーダーに免許証を挿入すると埋め込まれたICチップを読み込んで手続きが始まる。昔のように、何枚もの書類に手書きで住所や氏名を記入する手間はぐんと減ったようだ。

そのあとは、窓口で手数料を払い、交通安全協会の3年会費を払って視力検査をしてから手続き所に進む。それが終わったら顔写真を撮って終了である。一般の人はそのあと1時間くらいの講習を受けてから新しい免許証を交付されるのだが、私の場合は既に講習済みでありその証明書を持参していたから15分くらいで交付された。トータルでほぼ1時間で終わったことになる。あっけないくらい早い。

免許更新の手続きも随分IT化され、待ち時間が少なくなったのはいいことである。お蔭で予定よりも2時間くらい早く帰宅できたので、近くのスーパーへ妻の節子さんから頼まれた買い物に行くこともできた。何か得をしたような気持ちになるのは嬉しいことである。

さて私も今月で72才となった。そろそろ免許証の自主返納も検討しているが、節子さんの通院の送迎などのためにもあとしばらくはマイカーも手放せない。となるとあと1回くらいは更新手続きをすることになるだろう。でももうそのあとはないだろう。断捨離は続くのだ。
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2020/2/3

我が町は遺跡のある町だった  短歌

昨日は地元自治会が主催するセミナーに出席した。テーマは「壱分遺跡群と暗越奈良街道」で、講師は橿原考古学研究所付属博物館の主任研究員であった。

実際にこの地を掘って調査したという講師によると、私が住む家の真ん前の国道168号線(当時はバイパス)工事が始まった1993年ごろ(今から27年前、私が住む14年前)に調査をしたそうで、その下からは弥生時代の竪穴式住居のあとや方形集溝墓が見つかったそうである。さらには奈良時代と思われる大きな堀立柱建物や役人が身につけるベルトの飾り物も出土したそうで、これにより当時は朝廷の役所の一つがあったと推定されるそうである。

また500mほど南の暗越(くらがりごえ)奈良街道(現在の国道308号線)沿いには、いくつもの古墳が見つかっているが、それらの大きさは大和朝廷の上位20番目くらいまでの地位の高い人の墓であったことが推定されるそうである。ただそれらが古墳群を形成せず単独でぽつりぽつりと存在する訳は、この地に住んでいたからでなく大阪と奈良を結ぶ政治経済上重要な街道の建設を指揮した責任者の墓であったことを示している、との説明であった。

その当時は、大阪湾が生駒山の東側の東大阪市日下のあたりまで来ていて、そこに「草香津(くさかつ)」という名の港があり、朝鮮半島や九州方面から着いた荷物が都まで運ばれる重要な物流のための街道であったのである。従って、我が家の周辺にはそのための役所があったと思われるのである。

生駒市に住んで13年目に入ったが、こういう話は初めて耳にした。私よりもずっと早くから住んでいる地元住民たちも初めて聞く内容であったらしい。地元の歴史を知るのは楽しいし、いい機会をくれたものだと感じた。

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