2020/1/13

元上司のご逝去を悼む  短歌

昨日は京阪沿線の主要駅である香里園駅の近くのお店で、ある研究会の例会兼新年会に参加した。食事のあと入った喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、見知らぬ携帯番号から電話がかかってきた。受信拒否をしたがまたかかってきたので、しぶしぶ受話器を取ったら、私の元上司であったO氏のお嬢さんからの電話であった。

電話の目的は、O氏が昨年12月22日に亡くなったという連絡であった。何せ年末のことであったので、誰にも知らせず近い親族だけで葬儀は済ませたということであった。ただO氏は、私と私の2年後輩であるI氏にだけは連絡をするように言い残されていたそうで、その遺言に従って連絡をくれたものである。自宅のほうへも2回電話をくれていたことが、帰宅後の着信記録に残されていた。

O氏からは昨年9月に転居通知を受け取っていたので、お元気にされているものと考えていたため初めはピンとこなかったが、聞いてみるとかなり前から闘病生活をされていたようである。事情が分かるにつれ、急に懐かしさと悲しみが込み上げて来た。

O氏は私の松下電器勤務時代の2つ目の職場である技術本部・技術能力開発室時代の上司であった。松下時代では合計10名以上の上司に仕えたが、O氏はその中でも最長の6年半もの間、私の上司であった人である。その間、仕事では人生初めてというような大きな仕事や、中でも現在でもまだ残っているような仕事を担当させていただいたことは、私の仕事人生の中でも最大の喜びと誇りであったし、そのことが現在の私の仕事にも大きく生きているのである。その意味では、私に一番影響を与えた上司であることは間違いない。

仕事以外でもよく行動を共にし、幼少からボーイスカウトを経験し京大時代にはローバースカウト隊を組織したというO氏の発案と紹介で、毎年のように福井県の三方五湖の近くの食見(しきみ)という海水浴場まで1泊旅行をしたことを思い出す。また部下数人でそのご自宅にもよく呼んでいただき、珍しいお酒を飲ませていただいたり奥様の手料理をいただいたりしていたので、電話をくれたお嬢さんやその弟さんとも遊んだ記憶がある。だからなおさら懐かしさと驚きと寂しさの入り混じった気持ちになったのであろう。

聞けば、転勤族の夫を持ったお嬢さんは一時はシンガポールへの赴任にも帯同されていたことを聞いていたが、今は千葉県の浦安に住んでおられるそうである。弟さんのほうは歯医者になられたとO氏から聞いていたが、やはり今も歯医者としてご盛業らしい。

すぐにもお線香を上げさせてもらうためにお伺いしたい、と申し出たのだが、上記のようにご姉弟とも遠隔地に住んでおられることと、奥様も大阪で老人施設に入居されており、それは叶わないというご事情を聞かされた。でも2月2日には京都の知恩院さんに分骨をされるそうなので、そちらへのお参りを約束して電話を切った。

香里園駅はO氏が永年住まれたお宅の最寄り駅でもあった。たまたまそこにいるときにご逝去の連絡を受けたことにも何かの因縁を感じた。駅のコンコースからI氏にも電話して、お嬢さんからの電話の内容を伝えた。2月か3月には、必ず2人で知恩院へお参りをさせていただこうと約して電話を切った。O氏には最後にもう一度だけお会いしたかったのが残念でならない。

O氏には心からの哀悼を捧げる。合掌。
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2020/1/7

一年の計は元旦にあり  短歌

昔から「一年の計は元旦にあり」と言われる。その通りだと思う。そういうわけでこの私も、この数年間は毎年の年初めに「一年の計」を立てている。今年も明けてからもう1週間になる。慌てて今年の一年の計を立ててみた。

今年は次の3点を掲げることにした。
1.健康を増進させること
2.社会や周囲のお役に立つこと
3.家族との時間を増やすこと

健康については、一昨年は腰椎圧迫骨折の後遺症で散々苦しんだが、昨年は一流鍼灸治療師の施術のおかげで驚くような回復を遂げたことと親友とのダイエット競争により体調がよくなったので、これを維持し増進する。

仕事や研究会、同窓会などにおいては、自分にしかできないことに絞り込みつつも、従来以上にお役に立ち喜んでもらえるように最大限の尽力をする。

家庭においては、健気に大病と闘っている妻の節子さん、および子供たち、孫たちと接する機会や時間を多く持ち、みんなの支えになる。

これらは従来も心がけていたことではあるが、それらを昨年以上、従来以上に明確にかつ力強く実現していくことを今年の一年の計とする。さあ、これが明確になったからには今日からその実践あるのみである。
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タグ: 一年の計 元旦 抱負



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