2019/12/20

「ひこばえ」その後  短歌

11月7日のこの欄で「ひこばえ人生」について書いたが、あれからちょうど2ヵ月経った今日、その近くを歩いていてひこばえのその後の姿を見た。あれからは田んぼの持ち主から全く放置されているのだから当然のことなのだが、写真のとおり成長は止まって背の高さは同じままで、変わったのはすっかりと枯れてしまっている点である。

これを見てふと考えた。「ああ、このひこばえはもう自分の役目を果たし、人生を終えたのだなあ」と。しかし次の瞬間、「いやいやそうではない。完全に枯れきったら粉々になって田んぼへ崩れ落ち、土に返って来年の稲作のための肥料になるのだから、まだ役目は終わっていないのだ。」と気づいた。

ひこばえはしつこい。そして尊い。死んでからも、いや死んでからのほうが真に役に立つ「人生」、いや「ひこばえ生」なのだからすごいことだと感じる。

第1の人生における死などは恐れることなく、むしろ第2の人生というか来世に行ってからも世の中のお役に立てることを願い、残された日々はますます勉強を続けねばならない。人生、一生学びの継続である。

併せて、生きた証として何を、どのような形で残すのか、それを考えなくてはいけない。私の場合、それはいわゆる「お墓」ではないような気がする。

 10月20日の「ひこばえ」:
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 12月20日の「ひこばえ」の姿 :
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