2019/6/28

語るに落ちるとはこのことだなあ  短歌

毎朝欠かさず読んでいる日経新聞の「私の履歴書」の欄だが、先日の記事を読んでいて思わず吹き出してしまった。というのは、今月この欄で連載しているのはある官僚出身の政治家なのだが、その記事の中に「何年かに一度、各省に大物次官が出る。省益より国益を優先できる人物で、〇〇次官はまさに大物だった」という表現を見つけたからである。これを称して「語るに落ちる」としか言いようがない。

以前から、最近数十年の政治家や官僚には「国家百年の計」や「国益」を考える人がめっきりと減ったように感じていたのだが、この記事はまさにそれを告白しているようなものである。いや、多分ご本人は深い考えもなく正直にさらりと書いただけなのであろうが、だからこそそこに役人根性というか本音がちらりと顔を出したのであろう。これが一般国民の心境といかに離れているかに気づいていないのであろう。

全国紙の、しかも経営者や管理職の多くが読んでいる新聞の、あまつさえ「私の履歴書」という欄でしゃあしゃあと書いているのだから、まさに確信犯である。これまでも自慢話が多い人だなあと感じ始めたので、しっかりとは読まずに斜め読みにしていたのだが、こんな人物が大物と呼ばれこの欄に登場するのだから世も末である。日経新聞の、人を見る目にもあきれ返った。

もっと他に人はいなかったのだろうか? もしそうなら、こんな欄はなくしてしまったらよいのではないだろうか? これまでは楽しみにしていた人気コーナーであるだけになくなるのは残念だが、こんな人物しかいないのであれば、もうその役目は終わったと考えるべきではないのか?

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