2019/6/28

語るに落ちるとはこのことだなあ  短歌

毎朝欠かさず読んでいる日経新聞の「私の履歴書」の欄だが、先日の記事を読んでいて思わず吹き出してしまった。というのは、今月この欄で連載しているのはある官僚出身の政治家なのだが、その記事の中に「何年かに一度、各省に大物次官が出る。省益より国益を優先できる人物で、〇〇次官はまさに大物だった」という表現を見つけたからである。これを称して「語るに落ちる」としか言いようがない。

以前から、最近数十年の政治家や官僚には「国家百年の計」や「国益」を考える人がめっきりと減ったように感じていたのだが、この記事はまさにそれを告白しているようなものである。いや、多分ご本人は深い考えもなく正直にさらりと書いただけなのであろうが、だからこそそこに役人根性というか本音がちらりと顔を出したのであろう。これが一般国民の心境といかに離れているかに気づいていないのであろう。

全国紙の、しかも経営者や管理職の多くが読んでいる新聞の、あまつさえ「私の履歴書」という欄でしゃあしゃあと書いているのだから、まさに確信犯である。これまでも自慢話が多い人だなあと感じ始めたので、しっかりとは読まずに斜め読みにしていたのだが、こんな人物が大物と呼ばれこの欄に登場するのだから世も末である。日経新聞の、人を見る目にもあきれ返った。

もっと他に人はいなかったのだろうか? もしそうなら、こんな欄はなくしてしまったらよいのではないだろうか? これまでは楽しみにしていた人気コーナーであるだけになくなるのは残念だが、こんな人物しかいないのであれば、もうその役目は終わったと考えるべきではないのか?

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2019/6/24

休肝日の効果はすごい  短歌

休肝日の効果はすごい、ということを実感した。というのは、夏風邪のためこの5日間は楽しみしていた山歩きも東京でのHRD研究会へも参加を取りやめただけでなく、ほぼ外出も控えていたのだが症状がなかなか回復しないため、飲酒を控えていたところ、体重が何と2kg近くダウンし、久々の67kg台に到達したからである。それが2日間続いている。

お酒と体重の関係については、お酒そのものが高カロリーであるだけでなくおつまみを食べることによってさらにカロリーが積み重なり、その後にご飯や締めのラーメンでも食べようものなら、みごとに体重増加につながる、ということが知られている。

ところが植木等ではないが、「わかっちゃいるけどやめられない」てな具合に、ついつい飲みすぎ食べ過ぎるのが凡人の悪い習慣である。そんなことが積み重なっていたため、山登りの趣味を持ちながら体重がなかなか減らない現状を甘受していた感があるのだが、今回はその「悪の連鎖」を断ち切れた思いである。

身体の節々は痛いし、頭はふらつくしで、辛い5日間であったが、今になってみたら夏風邪のおかげでアルコール離れが実行できたし、その結果として体重も目に見えて落とすことができた。こうなると夏風邪様様と言うべきなのかもしれない。
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タグ: 休肝日 体重 夏風邪

2019/6/21

電子書籍はありがたい  短歌

夏風邪を引いたらしく、3日前から寝込んでいる。症状としては、咳と鼻水と高熱の繰り返しである。いつまでも症状が快方に向かわないので、今朝は再度近くのクリニックを受診して別な薬を処方してもらった。幸いすべての症状は少しましになったものの、まだまだ完調とは言えない。

そんな中で私の気晴らしを支えてくれるのは読書である。しかも、照明を消したこういう状況下でありがたいのは電子書籍である。なぜならば、電子書籍Kindleは自発光のライトを備えているので、暗闇でも本が読めるのである。

第2の理由は、もし読みながら寝てしまった場合でも、数分後には自動的に電源が切れることである。エネルギーの無駄遣いがないことはいいことである。

私が元々、電子書籍を使うようになったのは、親友に勧められて始めたメートル読書会がきっかけである。1年で1メートルの以上の厚さ(大体90冊前後)の本を読み競うこの読書会を機に、これまではあまり見向きをしなかった小説を読み始めて本が溜まりすぎたことが理由である。

もちろん読みながら下線を引いたりマーキングなどの書き込みをすることの多いビジネス書籍はいまだに紙ベースではあるが、1台のKindleには何百〜何千冊の本が収納できるので、紙の本の増えかたはぐんと減った。旅行や出張の際も1台持てば何冊もの本を持参するのと同じなのである。

それだけでも重宝していたのに、こうした場合にも役立つことが実感できて、夏風邪もまたよしと思えるくらい満足である。
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2019/6/12

性格の悪いやつら  短歌

最近ますます感じるのは、性格の悪いやつらが増えたなあということである。それは例えば電車に乗るや否や、我先に座席を確保したり、それが優先座席であってもお構いなしの若者であったりする。さらには、大股を広げて2人分くらいの座席を取っていたり、座席に深く腰掛けないでまるでベッドに寝る時のように通路に足を投げ出して座っている輩もいる。

電車で言えば、明らかに6人掛けくらいのシートに4人とか5人でゆったりと隣との間を詰めずに座り、知らん顔してスマホのゲームに熱中している輩もたくさん見かける。社内が空いている時だけならまだしも、乗客で混んできても一向に気にする様子が見えない輩もいるから始末に負えない。

そんな時はわざと大きな声で「すみません、詰めてくれますか」と声をかけて座ろうとするのだが、そういう輩に限って「あ、すみません」の一言もなくムスッとした顔で少し座席をずらすだけ、というのがいたりする。腹が立っているのは当方なのに、反省の様子すらないのは困ったものである。

これらの現象の原因は何だろう。当人の性格が悪いのか、学校や家庭での躾やマナー教育が足りないのか、風潮として自己中心的なものが蔓延しているか、間違った個人主義がはびこったせいなのだろうか?いやいや、もしかしたら私が歳を取ったせいでちょっとしたことでも気になるし、イライラしやすくなったせいなのだろうか?いずれにしても、血圧が高くなることの多い近年ではある。
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2019/6/8

時刻表って売れてるんだろうか?  短歌

環状線の車中にJR時刻表の吊り下げ広告があった。しかも電子版もあるという内容である。余計なことだが、今どきそんなものが売れるのだろうか、と少し心配になってしまった。

思えばふた昔前は時刻表は出張や旅行をする者にとっては必須のアイテムであった。分厚い冊子をひっくり返しては最短時間で行ける経路を調べたり、列車の乗り継ぎが可能かどうかなどを調べるのは楽しみでもあった。

しかしそれも、インターネットが普及し、さらには携帯電話でそれらを検索できるようになってからは無用の長物となった感がある。だからこそ、今でも紙版の時刻表が売られていることに驚きを感じたのである。

販売されているということは何らかのニーズがあるには違いない。とすればどんな人が、何の目的のために買うのかが気になってくる。例えば携帯電話やスマホを持たない人は買うのかもしれないが、その他にはどんな人がいるのだろう。どんな使われ方があるのだろう。なかなか浮かばない。

ITが普及し、デジタル全盛となった今、時刻表のようにその役目を終えてしまった商品や機器は少なくない。ましてAIがもっと普及したら、人間やその職業だって従来のままでは存在感が薄れるようになるのだろうなあ、などと考えながら乗り継ぎ駅で電車を降りた。

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