2019/5/28

2年ぶりの北アルプスが見えてきた  短歌

先週末は1泊2日で福井県にある荒島岳に登ってきた。この山は標高こそ1524mしかないが、れっきとした日本百名山の一つである。登山口からの標高差も1200mあるので、なかなかタフな山として知られている。今回は同い年の登山仲間・飲み仲間である4人会のトレーニングとして実施した。

京阪の八幡市駅前に集合して、私のマイカーで越前大野市の登山口へと向かう。快晴の高速道路は渋滞もなく快調に進んだのだが、肝心の登山口がなかなか見つからない。それもそのはず、実はこの山に登るのは15年ぶりだが、登山口の表示が傷んだままになっていて大阪方面からは見えなくなってしまっていたのである。

20分くらいのロスタイムを取り戻すべく、ストレッチもそこそこにして早速登り始める。元スキー場のゲレンデであったコンクリート製の急坂を登り、どんどん高度を上げていく。15年の間に木々が成長したおかげか、前回はなかった木蔭道がありがたい。30分に1回の休憩や昼食をはさみながら高度は見る見る1300mを超えた。

年初からの自主トレーニングのおかげか、足と心肺能力には自信が戻ってきたのだが、1年半前の腰椎圧迫骨折の後遺症であろうか先日来出てきた腰の痛みが顔を出し、休憩をお願いする回数が増えてくる。下山時刻と帰路の運転を心配した親友が、登頂を断念し引き返すことを提案してくれたのでありがたくそれに賛同した。

そういうわけで山頂までには至らなかったのだが、それでも標高差で1000m以上の実績は久々のものである。これで2年ぶりの北アルプス登山へ挑戦する見通しがついた。行き先は北アルプスの名峰「薬師岳」とそこから南へ下り新穂高へと至るトータル7日間のアルプス西銀座縦走コースである。

8月の本番までには唯一最大の課題である腰痛を克服して、何らの不安なく今回の遠征登山を成功させねばならない。そのため、明日はカリスマ鍼灸師の治療を受ける予約も済ませた。目的達成のため頑張るぞ!

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2019/5/23

もっと広い心を持とう  短歌

最近感じるのは、みんなもっと広い心を持とう、ということである。それは、譲る心であり待つ姿勢と言い換えてもいい。

例えば、混雑した駅で右側を並んで歩いていた人が左側へ行くために平気で私の前を横切って行くということがよくある。これは車の運転においても見られる現象である。

また、電車が着いた時に降りる人が終わっていないうちから我先に乗り込んで空いている座席に座ろうとする若者の何と多いことか。しかも座る先が優先席である場合などには唖然としてしまう。

これらの行動に共通するのは、譲る心と待つ姿勢、つまりは広い心を失っている人がいかに多いか、ということではないだろうか。衣食足りて礼節を知る、ということばがあるが、彼らには衣食が足りていないからそういう行動を取るのだろうか?

とにかく、ゆとりのない世の中になっている気がするのは私だけだろうか? 

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2019/5/17

「自ら考える力」の育て方  短歌

最近「教えない授業」という本を読んで感銘を受けた。元々は、芸術作品についての情報や解釈などの「知識」を専門家や教師が一方的に伝えるのではなく鑑賞者自身の思いを尊重しグループでの対話を通して作品を味わっていく、1980年代にニューヨーク近代美術館で開発された「対話型鑑賞」という手法が原型だそうだ。

それを応用した授業の方法が「教えない授業」であるが、その特徴は先生が「教える」のではなく「問い」を投げかけることである。その質問も、「これは何ですか?」というような1つだけの答えを求めるものではなく、「これは何だと思う?」とか「どのように見える?」というような、様々な見方を引き出す問い、即ち「オープン・クエスチョン」である点だ。

またこれも最近の新聞で知ったのだが、偏差値40という東京都立ではほぼ最低レベルの高校から偏差値68の上智大学英語学科にストレート合格した学生の話が出ていた。その高校では「哲学対話」に力を入れているそうである。これは先般読んだ「考えるとはどういうことか」(梶谷真司著)にも出ていた、考える力の育て方そのものである。

両者に共通しているのは、いま学校教育に求められているのは「考える力」であって、知識を教えるという旧来型のものではない、ということである。だとすると、先般もここに書いたように「ゆとり教育」が本来目指していたものと見事に一致するのではないか。知識を教えるだけの教師の仕事はAIに取って代わられるが、「考える力」を育てる指導法は人間にしかできない。

90年代初頭に学習指導要領に「ゆとり教育」が登場してから30年近くなってようやくその実現のための効果的な手法が開発され実例がいくつも出始めているのは結構なことではあるが、何とまあ足並みが揃わないというかちぐはぐな発展をたどるものなのか、とも感じた次第である。
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2019/5/13

今は春なのか?夏なのか?  短歌

厳しかった寒さがようやく終わったかと思うと今度はいきなり真夏のような暑さの今日この頃である。日本には四季はなくなり、夏と冬の二季ではないか、という声も時々耳にする。それにしても、この5月という時期は春なのか、夏なのかよくわからない。

というのは、例年なら4月に開催される「春の交通安全週間」が今年は統一地方選挙の影響を受けて5月に実施されている一方で、1日違いで始まった大相撲は「夏場所」をやっているからである。一体今は春なのか?それとも夏なのか?

こんなことで私が悩むことになったのも、やはり地球温暖化により気象が不順になったせいであろう。一年中を通じて、夏のような暑い時期が5月から9月までのたっぷり5ヵ月もあり、11月から3月までの5ヵ月は寒い冬だから、春と秋はそれぞれ1ヵ月ずつしかない。

美しい日本は四季があってこそのものだと思う。南洋のようなゲリラ豪雨や砂漠に多かった竜巻はもうこりごりである。これ以上日本の四季を乱さないよう、温暖化防止の取り組みをさらに進めたいと思う。
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2019/5/5

大学スポーツ考  短歌

関西には5つの大学野球リーグがある。一番有名なのは、関関同立と京大、近大が加盟する関西学生野球リーグで、他には関西6大学リーグ、阪神リーグ、京滋リーグ、そして我が和大チームが所属する近畿学生野球リーグである。

最近知ったのだが、近畿リーグには1部から3部までに18のチームが所属し、京大と滋賀大以外の国公立大学のほとんどが加盟しているのである。つまり、阪大、神大、和大、大阪教育大、大阪府大、大阪市大がそれである。このうち1部には神大、大阪市大と和大が所属し、2部と3部には阪大、大阪府大などが属している。阪大も最近までは1部リーグに属していたが、今は2部に甘んじている。

今でも1部に属する6チームのうち半分を占める国公立のチームが元気なのがこのリーグの活性化に貢献しているようだ。即ち、2016年度までは私学の雄であり湯舟投手などプロ選手を輩出した奈良学園大学が16年間王座を独占してきていたのを、17年度には何と和大が初優勝してからは昨春は大阪市大が優勝したり、昨秋は和大が2度目の優勝をしたりで、今年も和大が優勝戦線に絡んで現在は暫定2位である。

最近の大学スポーツの傾向としては、日大アメフト部の事件などを背景として、一部私学の行き過ぎた活動、つまり勉学はそっちのけでクラブ活動だけをしていればよいという風潮が見直されつつある。即ち、私学といえども一定の時間数以上は授業に出ていないとクラブ活動への参加を認めない、というルールが整備されたと聞く。

この動きが、元々から文武両道を標榜してきた国公立大学、とりわけ和大チームの追い風にもなっているのは事実であるが、何といっても17年度の初優勝を見て京大楽々クラスの学生が和大野球部に入学してきているのである。野球好きの学生にとってはその方が神宮球場への道が開かれているのだから当たり前かもしれないが、野球部以外の学生の志願者数まで増えているのだから大学としてはありがたいかぎりである。

国公立大学が法人化されてから15年・・・、少子化の中で健全な経営をしていくためには新入生の確保が死活問題だが、学生スポーツもそのイメージ戦略の一端を担っていることを大学当局もしっかりと認識すべきであろう。
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