2018/12/14

「ゆとり教育」の意義を見直そう  短歌

大親友から教えられた「アナザーストーリーズ」というNHKの番組を楽しみに観ている。その最新の秀作は「ゆとり教育」についての物語であった。20002年度から9年間続けられた「ゆとり教育」の評判は総じて悪いが、このドキュメンタリーを見てこれまでの認識は思い切り変わってしまった。

「ゆとり教育」の特徴は「総合学習」にあることがわかったが、どうやらこれをきちんと理解して実践できる教師が少なかったこと、一部の学者やマスコミが「日本の子供達の学力が落ちる」というキャンペーンを張ったこと、一般の国民がそのキャンペーンを信じてしまったこと、が誤解を生む原因であったようである。

「ゆとり」というネーミングのまずさも災いして、数々の誤解を生んだようだ。文科省からの「学習指導要領」に定められたレベルも最高基準(上限)ではなく最低基準であったそうだが、大半の受け止め方はその逆であったそうだ。それを正しく理解した人達は、上限がなくなったのだから画一的でない教育のやり方を模索し実践していったが、サラリーマン化した教師の大半はこれを勘違いして、自分達の仕事が増えるという恐怖感からキャンペーンを増長させたきらいがある。

「ゆとり教育」の目的の一つはそれまでの「落ちこぼれ」をなくすことでもあったが、明治以来の、国力強化のためそして欧米に追いつくための「詰め込み教育」から脱皮し、「生涯学習」を目指すという目的があったことも知った。それは、国力を上げるという国のための教育から個人のための教育であり、「知識を得る教育」から「考える教育」への転換でもあったのだが、マスコミはそれにはほとんど触れなかった。

文科省やマスコミは、今回のNHKのように今こそ「ゆとり教育」の正しい総括を行い、反省すべきは反省して、今後の教育のあり方を見直すべきではないだろうか?
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