2018/9/30

日経新聞の「大機小機」欄について  短歌

日経新聞を読み始めてからもう50年近くになる。購読料は一般紙よりも少し高く4900円だが、昨年の値上げ前の4500円としても50年では240万円も支払ったことになる。結構な金額に少し驚くが、この新聞では色々なことを学ばせてもらった。

その中でも、最近気に入って必ず目を通しているのが、マーケット総合欄の「大機小機」というコーナーである。何人かで分担して毎日掲載されているのだが、これがなかなか楽しい記事が多いのである。マーケット欄というのはつまりは株式の欄なのだが、個別の株式や企業についてではなく、名前どおり政治や経済に関する大きな視点からのミニ社説のような感があるのがいい。

先日のタイトルは「エダノミクスとコドモノミクス」で、政権に対する野党の経済政策を2つ紹介したうえで、その2つに共通する問題点を明快に述べていた。昨日のそれは「安倍氏、最後の政権カレンダー」で、自民党の総裁に3選された安倍総理の任期は3年だが、任期までの間には参院選や衆院選があり、その成り行きによっては実際は2年で交代ということもあり得る、という内容であった。

このように、通常の政治欄では書けないような思い切った内容が書かれているのが実に面白い。建前ではなく、言わば本音が述べられているのである。

今やどの新聞を読んでも同じトーンで統一され、横並びの感が強いが、こういう小さな欄に本音を出すだけでなく、もっと本編においても責任をもって本音を出し各紙の特徴を出してもらえないものだろうか。
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2018/9/23

文科省は生まれ変わるべきだ!  短歌

文科省幹部の不祥事が続いている。組織的な天下り問題で前次官が引責辞任した後任の次官が、今度は贈収賄事件で辞任に追い込まれた。同省のガバナンスの欠如が指摘され、その意識の低さに対しては「情けない」「恥ずかしい」などの声が上がっているそうだ。

ある若手職員は、「幹部は組織を改革し、若手の意見を反映していくと言っているが、無責任に感じる。もはや外部の人材に省内の改革を負かせないとダメかもしれない」とまで言っているそうだから、事態の根は深いと思われる。

文科省と言えば、日教組に牛耳られて言いなりとなり公正な手が打ててこなかったという印象がぬぐえないが、一方では14年前に法人化したはずの国立大学への干渉は逆に強まっているのが実態である。これでは弱い者いじめとか、内弁慶と言われても致し方がないであろう。

利権にしがみつき、己の組織の本来の目的を見失い、国民のため学生のためよりは自分自身の利益を優先するような輩と組織は一旦解散して再編成するほうがいいのではないだろうか?一部の職員も漏らすように、思い切って民間の手に委ねるくらいのことをしないと生まれ変わることはできないのではなかろうか。
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2018/9/14

ある違和感  短歌

先日の北海道地震の後遺症は大きく、一部では停電が続くなど復興が遅れている。被災者の方々には心からお見舞い申しあげたい。それはそれとして、その報道を見ていて、ある違和感を覚えた。それは経済産業大臣が北海道の住民や企業に対して節電を呼びかける映像を見たからである。

知事や電力会社の社長でなく、なぜ大臣がしゃしゃり出て北海道の住民に呼びかけるのか?逆に、知事や電力会社の社長はなぜひと言も発しないのか?私は、自民党の総裁選挙が関係していると感じた。自民党の成果、安倍総理の成果を強調したいがために、関係者を説得して政府がしゃしゃり出たとしか見えない。

一昨日の新聞でも政府の出過ぎを強く感じた。それは、人手不足などの対策として郵便物の配達を平日だけに限定するという記事であった。内容には問題はないが、それをやるためには法律を変える、という点には大きな違和感を感じた。郵政が民営化されてから何年が過ぎたのか?なぜいつまでも政府が関与し法律で縛るのか?

我が国の郵便事情が整ってなかった150年前の、欧米列強に追いつけ追い越せの時代ならいざ知らず、郵政会社に堂々と競争を挑む民間企業がいくつも現われ、むしろグローバルな視野で経営を考えなければならない時代、経営にスピードが求められる時代にあって、何という時代錯誤なことをしているのか?

14年前に行われた国立大学の法人化も同じことが言える。法人化しておきながら、大学に対する文科省の締め付けはむしろ強化されている。

いいかげん、日本政府は民間を低く見るのをやめるべきであり、「お上」という意識を捨てるべきであろう。
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2018/9/10

重陽の節句に思う  短歌

昨日9月9日は9と9が重なる日で、「ちょろQの日」などと名づけられていることをFMラジオで聞いたが、菊の節句である「重陽の節句」でもあることをふと思い出した。そこでまず浮かんだのが大阪と奈良をつなぐ古い街道の峠である「暗(くらがり)峠」の大阪側の中腹にある松尾芭蕉の句碑である。

句碑は『菊の香に くらがり登る 節句かな』というもので、1694年(元禄7年)菊の節句9月9日に、最後の旅路でこの街道を通った際に詠んだものである。因みに、芭蕉の辞世の句は10月の『旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる』であるから死の1ヵ月前に詠まれたものとわかる。そういうことを踏まえたうえで読み返してみると、淡々とした句ながら自分でも死期を感じていたのだろうと思わせる雰囲気がある。

標高455mの暗峠は、松尾芭蕉が故郷の伊賀上野から大阪に入る時に何度も通った峠であるし、もっと古くは、鑑真が平城京に行くときに越えたとも伝えられており、大阪奈良間の主要道であった。この暗峠は、大阪側は完全なる断層であり急峻、生駒側は少し穏やかな様相である。景色も大阪側はなんにも見えないが、生駒側は眺望が良い。暗峠周辺は宿場町だったので、家並みや田んぼが案外開けている。

暗峠を超える道は、奈良時代に難波と平城京を最短距離で結ぶ道として設置された。この時代は、防人や唐・朝鮮の外国使節もこの道を通って平城京と行き来したそうである。生駒側の中腹には東北地方出身の防人が故郷を偲んで詠んだ和歌も句碑として残されている。

暦の上ではもう秋、俳句や和歌などをふと思い浮かべやすい時期なのかもしれない。
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2018/9/6

おつまみ「塩キャベツ」考  短歌

酒呑みの常として、おつまみには気を使うし、少しでも美味しいつまみを探しているものである。また飲み物とおつまみとの相性も大切な要素である。例えば、ビールには枝豆がよく合うし、健康上から見ても相性がいいものらしい。日本酒には塩辛や湯豆腐などがよく合うものだと思う。

そういう中で、先日は塩キャベツを思い出した。居酒屋の定番おつまみの一つであるが、これがなかなかよくできたものだなあと感じたのである。何よりスピードメニューである点がいい。キャベツを無造作にちぎったものに塩だれをかければできあがりなのだから、これほど手間のかからないものはない。店によっては塩昆布をパラパラっとかけているところもある。味もピリッとしていて、ビールにも日本酒にも合う。

そんなことを自宅で話していたら、妻が行きつけのスーパーで、その塩だれを買ってきた。居酒屋でしか食べられないものと思っていたのだが、スーパーでも売っているのなら、これからは自宅でも塩キャベツを楽しめるのだとわかった。これは小さな喜びである。

料理が好きでしかも上手な妻のことだから、頼めば何でも作ってくれるには違いないのだが、それでも、できることならあまり手間をかけずに、それでいて自分も楽しめるおつまみであればそれに越したことはない。そういうものを一つ見つけたものだから、何となく嬉しくなった。

今年に入ってから血圧が少し高めになってきたので、あまりたくさんは食べられないが、当分はこれで楽しめそうである。
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