2017/12/28

「断捨離」と次の10年  短歌

早いもので、私が枚方市から生駒市に転居し母親と同居を始めてから10年、人事コンサルタントとして独立起業してから9年、硬膜下血腫で倒れて手術してからでも1年が過ぎた。ひと昔前なら60代のこの10年間は一般的には定年後の「余生」であった。しかしながら、この私にとっては新たな学び直し、働き直し、生き直しの10年であった。

すべては、2社目の中小企業を電撃退職して会社員生活を辞め、独立起業したことから始まった。会社員生活から離れたからこそ、和歌山市の実家から母親を呼び寄せることもできたし、流れに身を任せた「何となく」人生に決別して学び直しに精を出す今の私に生まれ変わることもできたのである。

ということはすべては、そのきっかけを示唆してくれ、会社の作り方を指導してくれ、その後も共に学び、励まし、歩いてくれた大親友であるあの先輩社長のおかげであることは言うまでもない。そして彼は、今も私に大きな影響を与え続けてくれている。

その一つが「断捨離」である。1年前の入院と手術を契機に、私は高齢の母親や、難病を抱えつつも明るく我が家を切り盛りしてくれる妻と過ごす時間をぐんと増やすことを決意した。そしてそのために、6年間やらせていただいた大手企業の仕事を辞退し、ゴルフや短歌の会やハーモニカの同好会をスッパリと辞めた。

その成果は着々と現れてきている。先ずは、妻の節子さんとの会話が増え日帰りや1泊の旅行に行く回数も増えた。学び直しの点からも、先輩社長から勧められて始めた「メートル読書会」(1年間に1メートル以上の厚さの本を読む会)の習慣がすっかり身についてしまい、今では若手ビジネスマン達にそれを勧める立場に立っているから、人生はわからないものである。

次の2月には私もいよいよ古稀を迎える。さあ、次の10年はどのように過ごし生きていくべきか、新年を目前にして思いを巡らす今日このごろである。
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2017/12/26

和歌山に多い名前  短歌

有本、井口、太田、貴志、九鬼、雑賀、山東、津本、西本、根来、船戸・・・、ずらりと並べたこれらの名前は、実は和歌山に多い名前である。それらの中には地名から来たものが多いが、中には貴志のように、4世紀から6世紀ごろに栄えた豪族の紀氏(きうじ)から来ているものもある。またこの他にも、鈴木、玉置など、今は全国に広がる名前の発祥の地というものもいくつかある。

今では「近畿のおまけ」とまで言われて落ちぶれた感のある和歌山だが、その昔は全国に影響を与える部分もたくさん持っていたのである。そういえば、たかだか100年ちょっと前の明治初期には和歌山市の人口は全国で6番目に多かったと聞く。

なぜこういう体たらくになったのだろうか?1つは地理的な理由があるだろう。つまり、日本の首都が京都から東京に移ったために、首都から遠くなったことがある。これにより鉄道や道路の幹線から離れてしまい、発展が遅れた面はある。しかしながら、私にはそれだけとは思えない。

明治維新のあとの新政府の中心は、江戸時代の薩摩や長州などの出身者が占めていた。となると、いきおいかつての徳川幕府に近かった藩の者達は新政府からは疎まれたり遠ざけられたりすることが多く、時には嫌がらせをされたりしたに違いない。ある研究によれば、明治維新の際に最後まで官軍に逆らった東北の各県は病院や大学の数が西日本に比べてぐんと少ない、という統計があるそうだ。

明治が始まってから150年だが、まだまだあのころの名残はあちこちに残されているようだ。
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タグ: 和歌山 名前 歴史

2017/12/20

「検察審査員」という制度  短歌

日本には裁判に関わる制度として「裁判員」の制度があることは比較的よく知られているほうだが、「検察審査員」という制度があることを、私は最近まで知らなかった。つい先日、私宛にその検察審査員に選ばれたから出頭するように、との通知が届いて初めて知った次第である。

この制度は1948(昭和23)年に制定された法律に基づくもので、目的と内容は、警察が犯人を検挙した事件のうち検察が起訴しなかった事件についてそれが妥当かどうかを国民の感覚や目線で審査する、というものである。審査員は各地の地方裁判所に属し、任期は6ヵ月で、定員は11名である。

メンバーの半数は3ヵ月毎に入れ替わるので、前半の3ヵ月は先輩達のやり方を学びつつ意見を述べ、後半の3ヵ月は後輩達の指導をしながら意見を述べるような形で務めを果たしていく感じである。

昨日は、我々より1期前に就任していた先輩達の修了式が行われた。6ヵ月を振り返っての各自の感想が述べられたが、その多くは「よい経験ができた」「案外楽しかった」「初めは緊張したし、嫌々だったが、やってよかった」というものであった。

審査会の会長や副会長は審査員の互選で選ばれるのだが、昨日の審査会では図らずも私が副会長に選ばれた。慣例では、後半の会長になるようだ。私も、先輩達と同じような感想が述べられるよう、務めを果たしたい。
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2017/12/9

SRS作戦は完了したぞ  短歌

硬膜下血腫で緊急入院し手術を受けたのは、昨年の11月初めであった。それ以降、気弱になって何となく激しい運動を恐れて運動不足となり、その結果として体重が増え体力の衰えを感じていたところ、同い年の親友達とつくる「4人会」のメンバーが私の気力と体力の復活のために様々な点から私を応援し支えてくれた。

その作戦の名はSRS(シュッシュ・リバイバル・ストラテジー)、直訳すれば「シュッシュ復活戦略」である。具体的には、@体重低減計画とA登山を通じた体力回復、の2本柱の取組みである。

@体重低減については、一時は73kgにまで到達した私の体重を最低でも70kgを切りできれば65kgまで落とす計画を立てたところ、メンバーの一人である大親友のマイクさんが自分自身も65kgを切る計画を立て、日々の運動の実績を記録して毎月全員に報告するという取り組みに付き合ってくれた。運動習慣を継続したおかげで、まだ70kgは切れていないものの何とか71kgは切るまでになった。

A体力回復については、今年に入ってから4人で生駒山に3回、ポンポン山に2回、愛宕山、金剛山、摂津大峰山に各1回、遠征登山としては四国の石鎚山、東北の早池峰をはじめとする3座など、10回に及ぶ登山にお付き合いいただいた。おまけにマイクさんには11月の3連休に、北アルプスの標高2350mの涸沢トレッキングにまで付き合ってもらった。

そのおかげで、脚力と体力のほうはすっかりと回復した、というのが実感である。先週には今年2回目のポンポン山で山頂付近の鉄塔下で大バーベキュー忘年会まで開催して、親友みんなで私の復活を祝ってくれた。タッチさんは当日のレシピを作成して作り方まで指導してくれた。マジっすかさんは重たい水をたっぷりと運び上げてくれた。マイクさんと私は、バーナーや携帯フライパンを持参したほか、レアな高級洋酒類を提供した。

「持つべきものは友」、言い古されたことばではあるが、今の私にはこのことばしか浮かばないし、このことばの持つ意味を強く実感している。思えば彼らとはもう47年越しの付き合いになる。まさに、最愛の妻との付き合いよりも長いのである。この先もこの親友達とその付き合いを何よりも大切にしていきたい。

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2017/12/3

コンビニのリニューアルオープン  短歌

11月30日に、我が家の北隣のコンビニがリニューアルオープンした。5月15日に一時閉鎖となってから実に半年ぶりの再開である。敷地の後ろの土地を取得して駐車場を拡大し、お店そのものを道路から離れた場所へ移転し拡大することによって利用しやすくすることが目的であったようだ。国道を挟んで向かい側のライバル店に負けないように、というねらいであろう。

その成果があったようで、お隣には今ではバスも駐車できるようになり、オープン後の数日を見ている限りはお店は大繁盛をしている。我が家にとっても、山の会に出かける時のお弁当の購入や、氷がなくなった時や宅配便を出すときに困っていたのが再び便利になった。そしてコンビニ前の郵便ポストが復活したことは大いに助かることである。

それにしても、休業から再開まで半年もかかったのには理由があった。それは、奈良という土地柄のせいか、掘り起こした土地から文化遺産が出土したためである。このため市役所が発掘調査をするとかで、その期間が長かったのである。さらにはその工事による騒音や振動、塵埃などがひどくて大迷惑をしたのだが、自治会の隣組10戸の班長としてコンビニ本部と建設会社に掛け合って住民説明会を開かせたりしていた経緯があったので、無事にオープンしてホッとしたのが正直な感想である。

良き隣人同士として、共存共栄の精神でその利便性を十二分に利用させてもらおうと思う。

 @閉鎖中のお店(7月22日)
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 A更地になり、奥へ拡大した敷地(10月16日)
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 B急ピッチで進む建物工事(11月19日)
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 C半年ぶりにリニューアルオープン(11月30日)
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