2016/2/3

福笹には頼らないぞ  短歌

10日になったので、昨年までと同じように、由緒ある生駒大社が運営する生駒えびすに出かけたら、えびすの飾りや賑わいの様子が全くない。不審に思って社務所で確認すると、今年からは1月ではなく2月3日に行うという。しかも、他のほとんどの恵美須神社のように3日間ではなくその1日だけだとの説明である。どうしたものかと考えたが、どうしようもないものはどうしようもない。あきらめて自宅に帰った。

さてそれからが問題である。1月はあっという間に往き、2月も逃げそうな雰囲気である。そしていよいよ私の誕生日でもある2月3日がやって来た。その日は朝からえびす神社に出かける準備をしていたのだが、たまたま他の予定も入ってきたため結局は福笹を交換しに行くことはできなかった。というよりも、そのときにはもうえびす神社に行く気持ちはしぼんでいた。

「一年の計」で書いたように、私の基本的なスタンスはこれからは新しく何かを始めるよりもむしろ整理していこうという気持ちのほうが強かったのかもしれない。まして、神社といえども顧客のためより自分の都合を優先しているかのような印象を受けたために、何としてでも福笹を交換するぞ、という気持ちが萎えてしまったのである。

そう考えていたら、福笹の有無に関わらずまた新しい仕事が舞い込んできた。出身大学の総務課長と係長がわざわざ大阪までやってきてくれて頼まれた仕事だから断われるはずもない。出身学部だけでなく大学全体のために各企業との橋渡しをするような仕事である。その場で引き受けてしまった。3月には学長からの辞令交付も予定されている、というから身が引き締まる思いである。

仕事というものを考えた場合、何だかんだと言っても高齢者と呼ばれる65歳までは何とか仕事はやってくるのかもしれないが、それ以上になると状況は大きく変化するものである。また一つ歳を取った身の上ではあるが、頼りにされ、私を必要だと思われるかぎりは、それには精一杯応えたい。福笹を頼りにするのではなく、頼られる自分を信じて、粉骨砕身、持てる力を出し切りたいものである。

「世間では高齢者との扱ひも我には向かず前進あるのみ」

「頼るより頼られるこそ生きがひと夢に向かひて歩み進めん」
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