2014/6/22

認められることのありがたさ  短歌

4年前から京都のある大手企業で「キャリアマネジメント研修」という研修を続けて担当させていただいている。50才を迎えた社員を対象に、定年後の仕事や生活を展望してもらいその上で定年までの会社生活をどう過ごすか、を考えてもらう研修である。

内容は同じでも、いわゆる「追い出し部屋」でもこれによく似た研修が行われている企業もあるらしく、2日間の研修の冒頭では受講生の緊張した顔つきが印象的である。しかしながらそれを少しずつ揉みほぐしながら研修を進めていくうちに約20名の受講生達の顔つきは真剣そのものになってくる。

4年前は私は2人制の講師のサブ的役割をしていたのだが、2年目からは半分以上の回数をメイン講師として任されることになった。それでもその企業の人事担当者、特に実質的な責任者である女性の主任さんからはなかなか信頼が得られず、毎回のように厳しい指摘と注文を与えられてきた。どうやら社内でも、その女性の意見は強烈で、課長や部長でもタジタジとなっているようである。

ところが昨年あたりからは、どうもその雲行きが変化してきたようで、私のやることに対して施主である企業側からは注文はあるがクレームはなくなってきたのである。そして今年の3回目である先週の研修が終わった後のいつもの反省会の最後の時に、担当の課長さんから一通のメッセージを受け取った。それは先ほどまでそこにいて途中で帰社したかの女性主任からのメッセージだった。

覚悟を決めてドキドキしながら読んでみると、そこには何と私のやった改善点や努力に対する評価だけでなく、感謝のことばまでぎっしりとちりばめられているではないか。それを預かってくれていた顧客企業の課長さんは私の表情を見ながらニコニコと笑っているばかりであった。彼らもそのメッセージと同じ評価をしてくれていることは自明の理であった。

確かに、私は少しでもクオリティの高い研修をお届けしようと自分なりの精いっぱいの努力と工夫を重ねてきたのは事実である。しかしながらそれがこんな形で関係者から認めてもらえていたことを知るとは思いもよらなかったので、余計にそれがありがたかった。「お天道様は見ている」。年がいもなく瞼を潤ませながら、そのことばをしみじみと思い出した瞬間であった。

「目の前に誰かがゐようとるゐるまいと正しきことをなせばよきかな」

「本当の顧客のために精いっぱいやればどこかで見られてゐると」

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