2013/12/15

伴奏者の愉しみ  短歌

地元のハーモニカ同好会に入って約3年になる。最初に担当したのはファースト・パート即ちメロディ担当である。

次には、なぜか指揮者を担当させられた。自己紹介の時に、中高時代にブラスバンドをやっていたと言ったからか、またはこいつはもうメロディはできているから指揮者としての力量も試してみようと思われたのかもしれない。

そして今は指揮者の他に、重さが何と2キロくらいあるバスハーモニカも担当している。つまりは伴奏楽器である。思えば中高時代もホルンを吹いていた。ということは伴奏の担当であったのである。

伴奏の世界は、派手さはないが知る人ぞ知るという世界で、わかる人が一人でもいればそれでよし、とする考え方がそこにはある。

そういえば会社に入ってしばらくしたころから、私が目指していたのは副官であった。それもただの副官ではなく、トップを支えながら実質的にその組織を動かすような一流の副官であった。

仕事であれ趣味であれ、どうやら私が目指しているのは常に副官だったのかもしれない。この考え方は一生涯変わることはあるまい。

「還暦を過ぎて始めたハーモニカいつの間にやら伴奏担当」

「中高の時代はホルンで伴奏し今はハーモニカのバスで伴奏」
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2013/12/12

会社は誰のものか?  短歌

企業のガバナンス、つまり企業統治についての議論は多い。いやむしろそれは年々増大しているように思える。

先日読んだ「会社を支配するのは誰か」(吉村典久著、講談社)もそのひとつであるが、この本はなかなかの出色であった。というのは、数あるステークホルダーの中で一番重視すべきは従業員だというのがこの著者の主張だったからである。

それだけでなく、その実例は昔から日本にいくつもあることや、欧米の企業にすら枚挙にいとまがないくらい見られる、ということである。こういう説を目にしたのは私にとっては初めてであった。

と同時に、やたらに株主だけを持ち上げようとするかのような最近のマスコミなどの論調は、アメリカに迎合するようで違和感を感じていたので、得たりという感想を持った。

生涯一貫して人事業務を担当してきた私としては、従業員主体の考え方には諸手をあげて賛同したい。

またこういう説を勇気を持って主張する学者は真剣に応援したくなった。

「会社をば支配するのは株主かそれより社員を優先すべし」

「人々の幸せ会社の幸せも共に満たしてこその経営」
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2013/12/9

東京の都バスは先払い方式だった  短歌

今年最後のHRD研究会に出席のため東京に行った。今回のホテルはいつもとは違うところだったので、研究会の会場までの交通もいつもとは変えてみたくなった。

具体的には、JRや地下鉄ではなく都バスを使うことにしたのである。バスはほぼ定刻に来た。ドアが開いたので乗り込み座ろうとしたら運転手に呼び止められた。

何かと思って乗り口まで引き返したら、運賃はまだですよね?と聞かれた。どうやら先払い方式だったようだ。

すべての都バスがそうなのか、均一料金の区域だけなのかはわからないが、利用した区域は少なくとも先払い方式であった。

バス運賃の精算方式は全国各地でまちまちであるのは知っていたが、たまにしか利用しない者にとっては戸惑うことが多い。ところ変われば品変わる、を再認識した。

「いつもとは違ふ手段で出向かむと都バスに乗るもルールに戸惑ふ」

「乗り物の運賃払ふ方式の各地の違ひ統一望む」
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2013/12/5

生駒山が冬の到来を知らせているぞ  短歌

ここ数日の真冬のような肌寒さのせいで、我が家の前の生駒山の紅葉が一気に進んだようだ。ここ三週間余りの山肌の色合いの差は下の写真のように大きく変化した。

毎年のことながら自然の営みの偉大さには驚かされる。誰に教えられるわけでもなく、四季の移り変わりに応じて山はその姿をみごとに変えていく。

春はグレーから薄緑色に、夏は濃い緑色に、秋は一斉に赤茶色に、そして冬はほとんどの葉を落とすので幹や枝のグレー色に変わるのである。

その様は、まるで一年単位の時計のように、我々人間にその時々の季節という時間を知らせてくれているようにも思える。それは自然と人間とのコミュニケーションなのかもしれない。

そう考えると、さしづめ今の生駒山は、自ら着々と冬仕度を始めつつ厳しい冬の到来を知らせてくれているのだろう。私もそれに応えてそろそろ冬支度を始めることにしよう。

「この国の四季の変化を折々に映して告ぐる山肌の色」

「山肌の色の変化に秋を知る冬の訪れ近づきたるを」

 11月上旬の朝陽を浴びた生駒山
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 11月13日朝7時ころの生駒山
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 11月23日朝7時ころの生駒山
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タグ: 生駒山 紅葉 冬仕度

2013/12/3

30年後に残る仕事  短歌

前職の健保組合のハイキング部の例会で、大阪北部の高槻市からバスで京都府の亀岡市に近いところにある明神ガ岳(600m)に登ってきた。実は私はこのクラブの創設者である。

好天の中、みんなで気持ちよく歩いていると色んな話題が出てきて楽しいものだ。その中で、ある現役職員から、保養所で開催されている「健康イキイキ教室」というメニューの話が出てきた。

それは、保養事業の再生も兼務していた私が、「モノ」でなく「コト」で集客しなければ残された保養所の完全閉鎖も時間の問題だと考えて始めたものだが、そのメニューは今も全ての保養所で続けられていることを知った。ということは、かれこれ10年近く続いていることになる。

また別のところでかつての同僚と話していたら、「半導体IC回路基礎研修」という研修がパナソニック社内でまだ開催されていることを知った。これは家電製品に広くICが使われ出した時期に、ブラックボックスではなくきちんとその基本を学ばせるために、社長指示の特別教育として、ある年度の新入社員から実施することになったものである。

一旦配属した新入社員を、電気系と物理系のみもう一度本社に呼び戻して1ヶ月間の缶詰め教育を行ったのである。もちろんその中身はTさんといういい意味での気違いのような研究所長が創られたものであったが、運営面での仕事はこの私が一人で担当した。

テキストの作成はもとより、新入社員を少しでも早く受け入れたい各事業部の責任者の説得や、120名分の独身寮の手配などをてんてこ舞いでこなしたことが懐かしく思い出される。かれこれ35年近く前のことである。

その後同社のホームページを見ていたら、何と言うことでしょう!その研修が今やDVD化され、しかも社内だけでなく社外向けに外販されているではありませんか。

かねがねあの会社には育ててもらったという感謝の気持ちを感じていたが、30年以上後にも残る仕事を手がけてさせていただいたことを知り、仕事や上司に恵まれた自分は幸せだなあと改めてつくづく感じた。

「現役のころに手がけた仕事らと三十年後に出会ふも楽し」

「そのころは遮二無二こなせしあの仕事 三十年後の成長嬉し」
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