2012/6/15

楽譜は設計図なり  短歌

最近、いくつかのコンサートに出かけたりハーモニカの同好会に参加していて感じたことがある。それは、音楽というものは実に複雑で精巧なひとつのシステムだということである。いわゆる歌謡曲や演歌などを聞いているうちはそれほど感じなかったのだが、交響曲くらいになると実にたくさんの楽器の音色や特性を活かしてひとつの曲が創られていることを痛感させられる。

特に、それは単に音楽を聴いている時よりは楽譜を見た時に強く感じる。数個、場合によれば十数個の楽器のパートを縦に並べた楽譜は、パート毎に聴くと何やら訳のわからないものが多い。しかし一旦全員で演奏するとそこにはすばらしいハーモニーが成り立っているのである。

それはまた建築設計士が、二次元の平面図を見ただけで実際の三次元、四次元の立体像をまざまざとイメージできることに似ている。いやむしろ、立体像を二次元の平面図に表現できるというほうが的確な評価かもしれない。

マネジメントの世界では、リーダー像として指揮者が取り上げられることが多いが、私はむしろ、作曲家のほうを取り上げるべきではないかと感ずる。作曲家は自ら何らかの楽器を演奏できる必要はサラサラないが、どうせならできた方がいいだろう。

だがそれは必ずしも必要条件ではない、十分条件なのである。必要条件としては、様々な変動要因とその可能性を深く理解した上で、自らが理想とするあるべき姿すなわちビジョンを明確に示すことなのではあるまいか。そしてその姿を頭の中で具体的にイメージできること、いわばシミュレーションできる能力が求められているのではないだろうか。

「音楽は総合システムそれを生む楽譜は緻密な設計図なり」

「音楽といふシステムを構想のとほりに再現すは楽譜なり」
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タグ: 楽譜 設計図



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