2011/12/11

ピアニッシモということ  短歌

前回に続いてテレビのBSの話題であるが、BSプレミアムの音楽番組を観ていて感じたことがある。それは、懐かしい歌を歌う歌手の中でも、今でも朗々と歌い上げる人もいればそうでない人もいることである。

歌い方の違いはそれぞれの曲のサビの部分に明確に表われる。それは主にピアニッシモの部分に顕著に表われるのである。声量に余裕のある人はピアニッシモの部分を余裕をもって歌うからきれいに歌い上げることができるが、そうでない人はピアニッシモの声しか出せていない。

つまり、同じピアニッシモでもそれだけしか出せない人と余裕をもちながらわざとピアニッシモで歌っている人とは聞こえかた、伝わりかたが全然違うということである。マイクの性能がよくなった今でも、いやマイクが高性能になったからこそ、その違いがより明確にわかるのかもしれない。

高齢になっても今だに朗々と歌える人は、それなりに努力をしてイザという時に備えているのであろう。そういう本物のプロは、マイクの性能に頼り切るようなことはせず、日ごろの鍛錬を忘れていないのであろう。そうでない人との差はそこに表われるのである。

これは、歌の世界以外でも同じことが言えるのではないだろうか。

「似たやうなピアニッシモの声量も精一杯と余裕で異なり」

「細々とピアニッシモの声響き語るやうにぞその声届く」
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