2010/10/11

秋の訪れに想う  短歌

9月末の雨のあと急に秋らしくなり、10月に入ってからは朝夕は肌寒いくらいの感覚である。自宅周辺にはまだまだ田畑が残っているが、稲穂もすっかりと黄色くなり頭を垂れたので、我が家の周辺のほとんどの畑ではもう刈り取りが済んだ模様である。刈り終わったあとの畑でわらが燃やされる煙があちこちで立ち登ればもう晩秋と呼べる時期となる。

あんなに暑かった夏から急に涼しくなったので、今年の紅葉は見応えがあるかもしれないと考えると、この異常な気象もまあ許せるかもしれない。毎年のように思うことだが、自然の営みの不思議さ素晴らしさは筆舌に尽くし難いものがある。春夏秋冬の移ろいがはっきりとしているこの日本に生まれた喜びを感じるが、それをかみしめる時期としては何といってもこの秋のころであろう。

味覚の秋、食欲の秋、収穫の秋、芸術の秋、読書の秋、スポーツの秋など、四季の中でも○○の秋というように様々な形容詞をつけて呼ばれるのも秋が一番多いのではないだろうか。秋はまた人生になぞらえて初老の時期をさすこともある。しかし人生は一度きりだが、季節の秋のほうはまた次の年も暑い夏のあとに必ずやってくるのである。だから人間、特に日本人にとっては、秋は暑い夏から解放されて実にホッとする時期であり待ち遠しい時期だから様々な名前で呼ばれるのかもしれない。

衣替えも済み、クローゼットの中も半袖から長袖へ夏物から冬物へと模様替えも終わったし、道端の花々も一斉に秋のそれに主役が交代した。別の見方をすれば、今年も4分の3が終わったことになる。あと2ヵ月半で次の年がやってくるのである。私も、やりかけの仕事は早く片づけて次の一年を迎える支度にとりかからねばならない。

「天高く西にひろがる鰯雲 低きに夏の雲を残して」

「ものはみな冬へと急なる衣替へさぞ紅葉もみごとなるべし」
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タグ: 秋の訪れ 稲穂 紅葉



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