2010/10/9

短歌の師匠  短歌

私が短歌の会に入ったきっかけは、定年前に在職していた職場の先輩から誘われたことである。その先輩は短歌を始めてからかなりの年数のキャリアがあり、何冊かの歌集も出されていると聞いた。その短歌の会は、相馬御風という歌人の発刊した同人誌の名前をとって「木かげ会」と名付けられている。

相馬御風という人は、1883(明治16)年に新潟県糸魚川市に生まれた歌人であり、糸魚川市には記念館もあって新潟県では知らぬ人のいないほどの有名人である。代表的な作品には早稲田大学校歌「都の西北」をはじめとした多くの校歌や童謡があり、歌謡曲では「カチューシャの唄」が有名である。

今日はその会の大阪支部としての歌会があり、支部会員のうちの6名のほか、新潟の本部から会長も出席された。この会長は3代目の会長であるが、あと10日余で92才となる人物である。新潟県下の中学校・高校の校長や県教育委員会の委員などを歴任した後、請われて会長を引き受けたということだが、今回も一人でキャリーバッグを携えて元気に大阪まで出てこられた。

歌会は参加者が予め提出していた歌について相互に感想を述べ合ったあと、会長が講評をするのが慣例である。さすがに自身が詩人でもあり国語の教師生活が長かっただけに、会長の講評には深い教養と造詣が私でも十分感ることができ、とても90才を優に超えた人とは思えないほどである。今回も、万葉集や北原白秋、吉井勇などの例を出したり、主題(テーマ)の重要性などについて力説した指導を受けた。

私の短歌の師匠は入会を勧めてくれた先輩であり、この会長である。師匠は素晴らしいのだが、あいにく私自身の才能不足と努力不足のせいでなかなか上達しない。1950(昭和25)年に没した相馬御風師からは直接教えを受けることはできなかったが、もしそれが叶っていたら私の短歌との接し方もこんな中途半端な形ではなくもっと違っていたかもしれない、と考えるのは私の苦しい言い訳なのであろう。

「定年を前に始めし歌の道駄作ばかりの遠き道かな」

「先生の歌と講評聴くたびに滲み出ずるはま深き教養」
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タグ: 短歌 師匠 相馬御風



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