2010/6/2

日本の季節感  短歌

早いもので、昨日から6月に入った。世間では例年どおりの衣替えが行われ、数年前から政府の提唱で始まった「クールビズ」も同時にスタートしたようだ。始まってはすぐに消える施策の中で、このクールビズに関してはほぼ定着した感があるのは結構なことである。そして今夜は日ごろの運動不足の解消のために、思い立って夕食後に自宅周辺のウォーキングに出かけたのだが、懐中電灯をもって一人で歩いていると周囲からはけたたましいほどのカエルの合唱が聞こえる。それもそのはず、周囲の田んぼにはいつの間にか水が張られ田植えが終わっているのである。

昔から言われることだが、日本には春夏秋冬の四季がはっきりしていることを改めて思い出した。あわせて、そういう日本で生まれて生活しているからこそ味わえる「季節感」というものがある幸せも思い出した。「季節感」といえば、会社勤めの時代は人事担当をしていたので、仕事を通じて季節感を味わうことができたなあとも思い出す。年末年始は終業式と始業式の準備、4月になれば昇格者や異動者への対処と新入社員を迎える準備、5月になれば昇給精算、7月第1週には賞与支給、10月には新卒者の内定式、12月には賞与の支給など、業務を通じて季節感を味わうことができたものである。

40年間の会社勤めを辞めて半年余りなので、起業家としての季節感にはまだピンとこないものがあるが、それでも先日済ませたばかりの決算報告と確定申告業務などは私にとっての新しい季節感のネタである。しかしながらやはり何と言っても業務による季節感よりは、田植えなど自然環境とリンクしたそれのほうが何とも落ち着きがいい。やはり人工のものは自然の造物には及ばないというところか。ましてや本日発表された民主党の鳩山代表と小沢幹事長の突然の辞任のように4年間で4人も総理大臣が替わることなどは年中行事として定着してもらいたくはないものだ。

そんなことを考えながら、気持ちのいいひと汗をかいて自宅に戻った。さあまたひと仕事とひと勉強に精を出してからぐっすりと眠ることにしよう。明日もまた仕事と勉強が私を待ってくれているのだから。

「夜八時夕餉のあとのウォーキング畔の蛙の声を背中に」

「水無月といふに暑さはまだ弱く梅雨も遅いがもう服は夏」
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