2010/4/2

負けを受け入れる心  短歌

今開催中の選抜高校野球で「21世紀枠の高校に負けたのは末代までの恥」という発言をして、その責任を取り島根県のチームの監督が辞任するというできごとがあった。この件については色々な意見が噴出したが、昨日の日経新聞のスポーツ欄に掲載された豊田泰光氏のコメントに共感した。

それは、「負けを受け入れよう」というものであった。野球に限らず、負けを受け入れるところにスポーツの第一歩があるのではないか、というのが氏の意見である。氏は、新人王になり天狗になりかけた時に南海の杉浦投手に鼻っ柱をへし折られた自分自身の体験を引き合いに出しながら、負けを認めると他者という存在を認めることができるようになる、と述べている。

その上で、あの監督の発言には一人で責任を負いすぎて、戦うのは選手だという原点を忘れていた、との指摘をしていた。そして、「まあいいか」と他人も自分も許しながらやらないと人生が窮屈になる、とも述べていた。全く同感である。野球でもビジネスでも、その目的や主人公は誰かということを忘れた「独りよがり」は許されるものではないのである。負けを受け入れる、現実を受け入れることからすべてが始まるのではないだろうか。

「何ごとも目的忘れ主人公置き去る人に世間は背く」

「プライドも相手を認め尊重し切磋琢磨でやうやく光る」
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