2010/4/22

「EQ」の大切さを再認識しよう  短歌

3日前から東京滞在中であるが、今回の出張の主な目的はEQのプロファイリング・セミナー受講である。2月の第1回から3月と今回で3回目で修了である。

実は、この受講前に先輩社長や東京から来た友人である若社長らと話していて、最近のニュースで親や子供を殺したという類いのものが多いが、これは日本特有の事象ではないかという話題が出た。

その原因として色々なものが挙げられたが、三人の意見が一致したのは、戦後の日本の教育では道徳についてあまりにも教えていなさ過ぎるということで、それは主に家庭内での躾や教育の問題ではないか、という点であった。

そういえば、道徳や躾について力を入れていないのは、世界広しといえどもおそらく日本だけではないか、と聞いたことがある。藤原正彦さんも「国家の品格」の中で、人間としてやってはいけないことがあり、その中には「理屈抜きで必要なこと」もあるのだが、今の日本ではそれを教えていない、ということが指摘されていた。

これを私なりに考えれば、IQ偏重の教育がはびこりEQ的な能力を使うことや「道」を教えていないからではないかと思う。折角のIQを活かすも殺すも、まさに感情を適切にコントロールするEQ次第なのではないだろうか。

セミナー受講前だったからそういう感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれないが、今更ながらEQの大切さを再認識した次第である。

「人としてやるべきこととやるべきでないこと知らねば国も危うし」

「人間の偉さの尺度を違へるな記憶力より道を知ること」
1

2010/4/20

品川での乗降客が増えましたねえ  短歌

最近は東京へは毎月一回以上は来ているが、新幹線を利用していて感じることは、品川での乗降客が増えたことである。これについてはあの先輩社長も同じことを言っていたが、今回も全くそう感じた。新幹線の品川駅の開業は2003年10月と聞くからもう6年半になる。当初は品川を通過する便も多かったのだが、ホームを交互に使って運転間隔を短縮する「相互発着方式」が導入された2008年からはすべての「のぞみ」と「ひかり」が停車することになり便利になったそうだ。

それが品川駅での乗降客が増えた一因であろうが、どうやらそれだけではなさそうだ。立地的に見て東京南西部や神奈川県東部地域における利便性が向上し、東京駅とはわずか6分程度の僅差ながら近くの駅での私鉄各社や地下鉄への乗り換えも改善されたため、これまでの東京駅での乗り換え客や航空機利用客からの転向組も多いらしい。さらには駅東側の港南口を中心に、元の貨物ターミナルや新幹線車両基地の跡地が再開発され高層ビル群やタワーマンションなどの建設が相次いでからは都内でも有数のオフィス街が誕生し、大手企業の本社が移転集結していることが大きいのかもしれない。

大阪においては、先日は久しぶりになんば駅の近くに行く用件があってミナミを歩いたのだが、ここも大阪球場の跡地などを中心に大きく変貌していて以前よりは元気になった感じがした。一方では、大阪駅北ヤードの再開発も急ピッチで進められているが、ここも大阪再生の起爆剤となってほしい。こう考えると、まるで都市や企業も生き物のように思えてくる。成長するには長い年月がかかるし、体力が落ちてきたら早い目に投薬や治療が必要で、その治療のやり方次第では以前にもまして元気になることができるのかもしれない。そこで何よりも重要なのは、どういう姿にしたいのかという「思い」でありそれを実現するための「計画」ではないだろうか。

「品川の変貌ぶりに目を見張る都市も企業も生き物と知り」

「青写真どほりにうまく進まないことはあってもプランは要」
1

2010/4/18

大自然の営みの不思議さ  短歌

最近は職場と自宅が一体化して通勤というものがなくなったので、マイカーに乗る頻度が減り外出はほとんど電車か徒歩になった。たまには前職時代に通勤用に買った自転車に乗ることもある。

そういう生活スタイルになり近所を歩いていると、これまでは見えなかったものが見えてくる。特に、大自然の営みの素晴らしさに直面することが多い。例えば、道端の野草や駅までのお宅の塀沿いに飾られた季節の花々が一斉に咲き始めたのや、散歩の途中にハナミズキの花が開きツツジのつぼみが膨らみ始めているのにふと気づくこともある。

毎年のことながら、つくづく大自然の営みというものはすごいと思う。春が来てもうすぐ初夏という時期になると、どこでどういうスイッチが入るのかわからないが、待ってましたとばかりにたちまち花々が咲きそろうのである。そしてどこからともなくホトトギスが来て鳴き始めるのである。これは一体どういう仕組みになっているのだろうか。

我が家の目の前にそびえる生駒山も、下界より少し遅れてつい最近まで咲いていた中腹から上の桜も色が薄くなり、ふもと側から順にボチボチ薄緑色が増えてきたようだ。間もなく全山が新緑に覆われることだろう。

「春を過ぎ初夏の陽射しを感ずとき花はひと足さき回りせり」

「遅き春風の冷たさ残れども夏は近しと告げる花々」
2

2010/4/16

「後を継ぐ」と「乗っ取る」の違い  短歌

昨日面会したある経営コンサルタントは、自分自身の体験も踏まえて主に中小のオーナー会社の重要な課題のひとつである経営後継者の育成をテーマとして活躍されている。その方はそういう自分の役目を「軍師」だとしてホームページほかでもそれを標榜されている。

その方は、まだ自分の立ち位置を決められずウジウジしている後継者に対しては「“後を継ぐ”のではなくて“乗っ取る”のだと考えなさいと指導している」と言われていた。“乗っ取り”とは穏やかならぬ表現だが、「もちろん“超友好的な”乗っ取りですよ」と釘を刺された。なるほど“後を継ぐ”という程度の意識ではそこにはまだ受身的な姿勢が残るが、“乗っ取る”という表現になるとそこには間違いなく本人の明確な「意思」が反映される。そうなるとその後の勉強の仕方や問題の見え方が格段に違ってくるのだろう。

これらは一例だが、「軍師」にしても「乗っ取り」にしても、短い表現でやりたいことややるべきことを明確に示すのは大切なことである。昨日の面会に同席したくだんの先輩社長も、「かましと刷り込み」「小さな口、大きな耳、やさしい目」など端的に自分の目指す姿を表現したり、「夢」や「志」を「人生のグランドビジョン」として作成し自分のデスク前に掲示したり、その一部を周囲に公表もしている。

「夢は人に語れば実現する」とも聞く。人を感動させたり同志を集めるためには、旗幟(きし)鮮明にするということが大切なことである、と改めて感じた。

「それぞれの胸に抱く夢実現へ向かはせるには先ず旗揚げを」

「人々をその気にさせる第一歩 旗幟鮮明に示すことから」
2

2010/4/14

「同志」的結合  短歌

本日は、先般リピートオーダーをいただいたお会社の検討会に出席させていただいた。4月以降の新しい年度に臨み、先日各メンバーがそれぞれ作成された自己開発計画の、全員での共有化の場であった。同時に、私にとっては彼らとの今後の関わり方を再確認できる場でもあった。

その場ではそれぞれからフランクな意見や提案が飛び交い、一部では激論もあったのだが、横で見ていて感じたのは全員の求めているものが共通している、即ち「志」が共有できている、ということであった。本日はたまたま海外出張その他の事情により全員出席というわけにはいかなかったものの、経営トップはじめ出席者全員の考え方の深いところでの一致が明確に見えたことは、そのお会社への支援を担当させていただいている者としては心強いかぎりであった。

同時に、私も含めたメンバー全員に「同志」的結合が形成されている実感がして、非常に有意義で嬉しいひと時を過ごすことができた。私のライフワークは「人と組織の活性化」であるのだが、この企業における私の役割が明確に見えてきた一日であった。この半年間は真剣勝負で厳しい半年であろうが、同時にワクワクとする楽しみな半年となりそうである。

「それぞれの進むべき道共有すその志同じなるゆへ」

「客先の人と組織の活性化担当する身が活性化され」
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ