2010/2/5

21世紀型の人事制度へのヒント  短歌

今回の4日間の東京出のついでというわけではないが、1日目の夜は千葉に住んでいる元上司との面会を組み込んだ。帝国ホテルの隣のビルのレストランにその人は現れた。かれこれ7〜8年ぶりの再会である。今月末で70才になる元上司は、この7年間の間に奥様を亡くされ、続いて介護をしていた母親も亡くされて、今は全くの1人住まいだという。しかしご本人はお元気そうなので、少々ホッとした。

その上司とのコンビを組んだのは、1990年前後の数年間であり、私個人としては部長職に挑戦中の時期であった。上司としては非常に厳しかったが、同時に実に色々なことを教わった。

例えば今も記憶に残っているのは、「一人前の男というものは1年か2年で一つくらいは、これをやりましたと言える大きな仕事を残すものだ」とか「部長というものは課長の延長上の大課長とは全然別のもの」、「人事部長にも、係長を育てられる部長と課長を育てられる部長と部長以上・役員を育てられる部長とがある。君はその内のどれか?」などである。その元上司は今は全く第一線を退いているのだが、私と話している内に昔の片鱗が出始めた。

曰く「日本の企業は早く年功序列から脱出しないといけないが、どこもまだそれに成功していない。脱出のためには、給与制度も年令や勤続年数でなく資格等級で決めるようにしたらよい。そのためには、仕事を何十もの段階の資格に分けてお互いにわかりやすくし、体力その他の理由でその仕事がこなせなくなったら等級を下げる、給与も下がる、というような形にするべきだ。」など、いくつかの大胆な構想を語ってくれた。

これらは簡単なことではないが21世紀型人事制度として研究してみる価値のある課題と感じた。元上司は今も大きなヒントをくれる私の上司であった。

「偉大なる先輩いまや古稀にして新世紀での人事を語る」

「若さとは身体の年令ではなくて挑戦姿勢の強さ度合か」
2

2010/2/3

映画と映画館の感想その1  短歌

今日の午前中は、あるクライアント企業の社長、人事部長、研修課長との打合せであった。当方は仲介の教育会社の若社長と担当者、そして最近は常に行動を共にさせてもらっている先輩社長との4人である。先輩社長と二人でまとめた提案書についてはいい感じで基本了解の感触をいただいた。午後は、若社長、先輩社長との別件の打合せである。新しいクライアント企業の状況について若社長から報告があり三人の認識合わせもスムーズに終わった。

その後は、他の二人は別の用件があるため赤坂周辺で解散となった。急に時間ができたので、ふと今話題の3D映画が観たくなり豊洲のシネコンまで出かけた。目的の映画館は、平日にもかかわらずなかなかの人出でありチケット売場は混雑している。入口では3D用の眼鏡が配られた。映画の題名は「アバター」で、「タイタニック」などを手がけたジェームズ・キャメロン監督の作品である。

映画の感想としては、予告編では少し気持ちの悪い動物風な人間が出ているので怪奇モノかと考えていたのだが、どっこいそれは大きな間違いで、むしろ地球環境や人類の未来を考えさせられる空想SF物語であった。肝心の3Dについては、専用眼鏡をかけないといけないのは少々面倒でうっとおしいが、その効果は随所に出ていて結構感動した。例えば、大勢の人間たちも遠近法で見事に立体感があるし、ふわふわと空中を浮遊するひなげしのような物体が近づいたときには思わず手を出してつかみたくなった。爆破によって破片が飛び散る場面ではその破片をよけるために思わず身をそらしてしまったほどである。

また映画館については、この映画の重低音効果を十分に引き出すだけの素晴らしい音響装置であり、大げさではなく館内全体がビリビリと振動していた。この大迫力は家庭では絶対味わえないなあと感じた。さらには座席も、私がこれまでに行ったどの映画館にも負けないくらい背が高いので後の人を気にしなくてよく、かといって前方の画面は十分に見えるだけの高低差が確保されていて、これがなかなかの快適さである。また入場前後の従業員さんの応対の態度もまずまずで気持ちよかった。

今回が東京で観る初めての映画であったが、今後も映画に出かけてみたいと思った。吉永小百合と笑福亭鶴瓶が主演の「おとうと」も観たい映画なので、帰阪したら家内と観に行くことにしよう。映画や映画館の感想については今後もまた書く機会がありそうなので、今回は「その1」としておく。

「立体の画像が手軽に楽しめる映画のありて家族和やか」

「立体の映画のよさのおおもとは技術・配役・ストーリーかな」
3

2010/2/2

友情のありがたさ  短歌

最近、友情のありがたさを改めて感じさせていただくできごとがいくつかあった。それは、新米の社長である私のために、ある人が仕事を提供くださったのである。その人はある一部上場の大手メーカーの常務をしていた人だが、12年前に私が有志と共に始めた人と組織の活性化研究会のワークショップに参加されて以来のお付き合いである。

その人が私の起業を知って自分の会社の新任管理職向けの研修での講演を打診してくれたので、早速その会社の本社まで出かけて、研修担当の部長さんと打ち合わせをしてきた。実施することになれば3月の23日と日にちは決まっているので、早速に講演内容のレジュメをメールで送っておいた。私としては、クイックレスポンスでその方の気持ちにお応えしたかったのである。

もとより、この2月と3月はCDA(Career Development Adviser)の資格と、EQ(Emotional Intelligence Quotient)の資格取得のために仕事量は抑えていたのだが、別な知人から2月中旬にもミニ講演会の要請もあったのでお引き受けした。本来はスポット的な仕事だけではなかなか満足感は得られないかもしれないが、こういう時期にあってはたいへんにありがたい話である。

さらに、今日から4日間は東京出張中であるが、その1日目に面会したのは10年前くらいに出会ったあるシステム系コンサル企業の担当者2人である。その会社は超大手の都市銀行系のシステム会社が母体だが合併や統合のため数度にわたる組織変更があって、彼らの所属さえ分からなくなっていたのだが、先日彼らから購入したことのある個性診断のパッケージソフトをどうしても使いたくなったので、その観点から電話を入れるとその内の1人に奇跡的につながった。それで今回の面談となったわけである。

多忙な時間を割いて、もう1人の方も少し離れた別の部署から駆けつけてくれて、久々に3人で再会を懐かしむと共に彼らが今どんな仕事をしているのかを説明してもらった。私のほうの事業内容を聞くと、何らかの形で仕事を提供できるよう考えてみたい、との積極的な姿勢と気持ちは、それだけでも十分に感謝に値するものであり、何やら同志的な感覚を持った。

前にもここで人脈のありがたさのことを書いたが、さらに友情のありがたさをしみじみと感ずるできごとが続いている。これはなかなか有り難きことであり、ありがたいことだと感ずる。この感激をいつまでも忘れないようにして、社会のお役に立っていきたいものである。

「友情のありがたきをば忘れずに我れ心してそれに応へん」

「年代や立場を超へて通じ合ふさは友情のありがたさかな」
2

2010/2/1

コーヒーの値段の決まり方  短歌

最近は仕事の打合せや時間調整などでコーヒーを飲む機会がグンと増えた。その場所は旧来型の喫茶店の場合もあるし、スターバックスやドトールに代表されるような比較的新しいタイプの店の場合もある。ところが、飲む場所というか店によって値段が違うのである。

それは当たり前のことなのかもしれないが、では一体コーヒーの値段は何によって決まるのだろうか?値段の違いは何によるのだろうか?コーヒーそのもののランクや量にもよるのだろうが、どうもそれだけではないようだ。

ついでに言えば、私は旧来型の喫茶店よりは最近出てきた新しいタイプの喫茶店のほうが相性がいい。それは何故だろうか?新しいタイプの喫茶店は、値段が安いだけでなく店内の雰囲気がカジュアルというかリラックスできるのである。その結果、お客には若い人が多いし女性の比率も高い。

こう考えると、これだけコーヒーが日本人に浸透した中にあっては、一部の人だけのための嗜好品というよりも一般市民の生活の一部になってきているのであろう。コーヒーも値段だけでは価値が決められなくなってきていることを感じた。

「コーヒーの値段は何で決まるのかと考へつつもう一杯飲む」

「コーヒーを気軽に飲める店増へて若きも女性もあまた集へる」
3



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ