2010/1/25

友人の命日  短歌

1月15日は妻の誕生日であるが、昨年からはもう一つの忘れられない日となった。それは大学時代の同じゼミの同期の友人T君が早世した日だからである。彼がゼミ長で私が渉外担当だったので、付き合いは深いほうであった。学生時代は、経済学部中心の関西ゼミ大会で入選し、全国ゼミ大会であるインターゼミナールに出場した際は、九州で開催された福岡大学まで一緒に出かけた仲である。

彼とはゼミ活動だけでなく、日ごろはよく麻雀をしたりお酒を飲んだり、たまに旅行もした。彼の父親が国鉄(現・JR)に勤務していた関係から家族パスを持っており羨ましがったのを覚えている。卒業旅行としては、彼の愛車べレットGTで3人で九州旅行をしたのだが、長崎の諫早バイパスを快走していて抜きつ抜かれつのデッドヒートをしていた車が実は覆面パトカーで、運転をしていた彼が罰金を食らい何かだまされたような気になったことなどもよく覚えている。卒業後も、商社に入った彼とはよくゴルフに行ったりして時々は会っていたことが懐かしい。

その彼がすい臓ガンであることを知ったのは一昨年の春のことであった。本人によればその年のお盆までもつかどうか、即ちあと数ヵ月の命だということであった。それを聞いた彼を含む仲良し4人組は彼の自宅の近くの駅前の喫茶店で数時間、昔話を語り合った。その後も何度かメールや電話で連絡を取り合っているうちに、今度の薬が自分に合っていたようだという連絡があり、会ってみたらなるほどガリガリに痩せていた彼が少しふっくらとしており、体重も戻ったと嬉しそうに話してくれた。

お盆を過ぎ秋から冬に入り、声を出すのもしんどいという彼を少しでも励ましたいと思い、彼の携帯電話へ激励の短歌をいくつか送ったら、お礼とともに心配するな少しずつ良くなっているからという返信が来た。それで一安心していた矢先の昨年1月15日、4人組の一人から連絡があり彼が亡くなったことを知った。薬や、彼自身の努力のおかげで少しは延命できたのだが、やはり寿命は来てしまったのだった。私にできることはもう、彼の命日を覚えておき時々は彼のことを思い出すことと、健康に留意して彼の分まで元気に長生きすることだと思っている。

下記は、一年前彼が亡くなった直後に彼を偲んで詠んだ歌である。彼のことをいつまでも忘れないようにしたい。

「厳冬の寒さひときは身にしみる生き急ぎたる君の訃報に」

「ゼミ長の君の思ひ出数へればカメラ国鉄パイプだみ声」

「ドライブや麻雀ゴルフ共にせし我ら間抜けで気の合ふ仲間」

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