2010/1/16

雪の愛宕山と年間登山計画  短歌

今年も我が登山クラブ「名山会」の1月例会の行き先は恒例の京都西山の愛宕山である。標高922mのこの山は、比叡山と共に「東の比叡、西の愛宕」として、京都や関西の人達に親しまれている。この山はまた、あの明智光秀が織田信長を討つ直前に登り、山頂の神社で「時はいま天(あめ)が下しるさつきかな」と詠み、次いで「敵は本能寺」との号令を発した場所としても有名である。この山へはもう14年間連続で登っている。

JR京都駅に7:30に集合してバスで登山口の清滝に向かう。清滝ではチラチラと小雪が舞っていたので、靴と足元を覆うスパッツを装着して登山を開始した。風も少なく天候はいいので、6名のメンバーの足取りは軽い。徐々に登山道の積雪が増え始めたので、7合目にあたる水尾の別れの小屋でアイゼンを装着する。これでアイスバーンでも滑りにくくなった。

山頂の神社では皆、「火の用心」の古いお札を返して新しいお札を購入する。ここは火の神様としても有名なのである。時間はもう12時前なので空腹を感じ、急いで下山を開始する。水尾の別れからは右へとり、一路「水尾の里」へと向かう。この町は嵐山からも亀岡市からも深く入り込んだ静かな町で、清和天皇のお墓もあり清和天皇を慕う人々が代々お墓を守ってきたと伝わる。町の大半、恐らく4分の3くらいは「松尾」姓であり、残りの半分すなわち4分の1くらいは「土屋」姓である。従って町の中ではお互いは姓ではなく名前で呼び合うのが普通だそうだ。

その内の1軒である松尾さんの経営する「水尾荘」の大女将と若女将に笑顔で迎えてもらい、早速名物の「柚子風呂」で汗を流し、その後は新年会へと移り「地鶏と京野菜の水炊き」に舌鼓を打つ。そこに添えられる「嵯峨豆腐」もまた絶品で、調味料なしでも十分においしい。それにしても若女将はいつまでも若くて美人で愛嬌もあり、メンバー全員のアイドルである。年令は聞かされたのだが、忘れることにしよう。

ビールや焼酎でほろ酔いとなり、腹具合も人心地ついたところで、予め私が作成してメール送付していた名山会の「年間計画」の討議に入る。それぞれに一言ずつ、希望の行き先や運営面での提案などを出してもらい、ほぼ骨子が固まった。こうしてこの1年間の毎月の例会の計画がまとまっていくのである。

「一月は恒例雪の愛宕山アイゼンつけて山頂めざす」

「一年の活動決める新年会心も腹も満腹となり」

  (愛宕山頂神社直下の石段前にて全員で記念写真。筆者は右端)
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