2010/1/13

「東京知らず」な人  短歌

東京滞在の2日目の昨日は、4つのことをこなした。先ずは、コラボを始めた新進企業のオフィス訪問とそこのスタッフとの打ち合わせである。前日に打ち合わせたあるサービス産業の社長も含めた次回の検討会の日時を確認したあとは、同行した先輩社長がその企業の若手スタッフを相手に、朝からまた得意のかましと刷り込みを連発する。しゃべり方は少々押し付けがましいのだが、内容とその主旨がその会社とスタッフたちのことを心底考えた上での発破かけなので、2人は真剣に聞き入ってくれる。

その後は、先輩社長と別れて私は東京タワーの近くにある企業を訪問し、モラールサーベイについての情報収集とコラボをする際の条件面での確認などを行った。ここはモラールサーベイについても20年以上の歴史を持つ企業であり、前日に訪問したもうひとつのサーベイ企業と同様にかなりの実績を持つ企業なので、今後のコラボの可能性があることを確認できたのは収穫であった。

続いては、上野のある役所で先輩社長と待ち合わせそこの見学を済ませ大きな刺激を受けた後、私が上野公園にはまだ行ったことがないと言ったため、先輩社長の案内で美術館群を含む上野公園をぐるりと歩いて回った。話に聞いていた公園内の青いビニールシートの住まいは、寒さのせいかほとんど見当たらなかった。それにしても、名前だけは聞いたことのある有名な美術館がこんなに密集しているとは知らなかった。前述の役所といいこの公園といい、聞くと見るとではこんなに大きな開きがあり、空気を感じる、身体で感じるということの大切さをしみじみ思い知らされた。現役時代も東京には何度も来ていたのだが、行き先も宿泊するホテルもいつも同じであったせいか、行動範囲があまりにも限られていたことを痛切に感じた。

最後はHRD研究会の例会である。いつもどおり、大手企業の研修センターの一室をお借りしての研究会は、今回は私と先輩社長が40年近く勤務した企業の人事・人材育成の実態報告のプレゼンであった。2人の報告は、20世紀には日本を代表し一番先頭を走っていたその企業の人事制度や実態が21世紀に入ってからはもはや普通の会社になってしまっているという認識と危機感で期せずして一致した。終了後は場所を変えて新年会を兼ねた懇親会である。ここからは先輩社長の美人奥様も飛び入り参加で、メンバーのボルテージは一気に高まった。昨日も知的刺激の多い一日であった。

「東京といへど自分の知る場所はあまりに少なし不明を恥じる」

「行き先も宿泊先も固定ゆへ世間の狭き東京知らず」
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2010/1/12

もんじゃ焼きの初体験  短歌

今日から3日間は東京滞在である。先日のテレビで「もんじゃ焼き」のお店の紹介があったのだが、実は私はもんじゃ焼きというものはまだ食べたことがなかったので、ついでにそれを体験すべく、もんじゃ焼きのお店が多いという月島周辺に出かけた。大阪や広島では「お好み焼き」の店は多いが、もんじゃ焼きの店はあまり見たことがない。多分あるのだろうが、自分ではあまり気にしていなかったのだろう。

月島駅から一番近い店に入った。メニューはたくさんあるので迷ってしまったが、どうせならと一番オススメの大江戸スペシャルを注文した。もちろん今回が初めてなので、お店の人に焼き方のお手本を示してもらった、というか、最後まで焼いてもらった。さすがにスペシャルだけあってホタテや明太子など具がたくさん入っていてその点では問題なくうまい。しかも、お好み焼きと比べて生地が薄いだけに、焼きあがるまでの時間が短くて、短気な中高年者にはちょうどいいのかもしれない。

ただ、肝心の味のほうはというと、もちろん悪くはないのだが、この味に慣れていないせいか、または折角の具の素材の味を活かすためにソースなどの調味料は一切使わずに食べたせいなのか、もうひとつパンチに欠ける気がした。味覚など、感覚的なものはやはり慣れ親しんだものの呪縛からはなかなか解き放たれないのかもしれない。私には、食べ物に関しては、まだまだ関西のお好み焼きの方が向いているようだ。

「もんじゃとはどんなもんじゃと出かけたがお好み焼きとさほど変はらじ」

「月島がうまいと聞いて来てみればさすがもんじゃの店の多さよ」
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2010/1/10

交野と生駒はひとつの町か  短歌

極めてローカルな話だが、交野市(かたの)と生駒市は隣町である、というか一体としてつながっているなあ・・・、今日実際に生駒市から交野市、枚方市まで歩いてみてそれを実感した。

実は今日は親友四人での歩き初めで、交野山(こうのさん)から国見山を経てJR津田駅に至る約10kmを歩いてきた。私以外の三人は枚方市側から、私は生駒市側から登り始めて睡蓮の池というところで合流し、以降は四人で津田駅まで同行した。その時に、生駒市と交野市とは単に隣町だということだけでなくつながった一つの町のようだなあと感じたのである。行政区こそ大阪府と奈良県とに分割されているが、地理的にみれば一体化しており、まさにひとつの町という印象を強くした。昔からも様々な人が大阪側から奈良側へはお伊勢参りや、奈良側から大阪側へは枚方の菊人形見物など、様々な目的で往来していた道でつながっているのである。

スケールは違うが、日経新聞に連載されている小説「韃靼の馬」も対馬と朝鮮半島を行き来した対馬藩武士が主人公の物語であり、これを読んでも、国は違っても人々の交流は昔から盛んであったことが伺える。ここでも、海の道が両者をつないでいるのである。また大阪府と和歌山県は和泉山脈という400〜500mの山で遮られているが、大阪南部の人達のことばは和歌山弁に近いし、経済圏でいえば和歌山経済圏に含まれている町も多い。

これらの事例のように、行政区だけでなく実際には道路や経済を通じて一体化しているなど、現実の生活に密着した形でのつながりや距離感というものも大切な視点ではないか、行政区というのはある面、便宜的に区分しただけであり決してその区分だけでは現実の人の生活というものは見えないものだなあと感じた。

「行政の区分で言へば別の県なれど隣の町はつながる」

「交野市と生駒市はもと一体の町ではないかと歩ひて思ふ」
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タグ: 交野市 生駒市 隣町

2010/1/9

アンテナの感度  短歌

今日の新聞の夕刊を見ていて、「これだ」と思った。ある経営コンサルティング会社の若手コンサルタントの活性化のセミナーを目前にして、先日からずっとその教材探しをしていたところ、それにピタリと使えそうな記事が目についたのである。同じようなことは誰にも経験があると思うのだが、あることを深く考え込んだり問題意識を持っていると、不思議なくらいその解答やヒントになるような事象にバッタリと出会うことがある。

何気なく見ていたら見過ごしてしまいそうな新聞記事やテレビのニュースや電車の中吊り広告や、果ては家族の何気ないつぶやきなどの中にも、思わぬヒントが見つかることがある。これらはどういう現象なのだろうか。私は、やはり問題意識の有無とその深さに関係があるのではないかと考える。言い換えれば、アンテナの感度の問題なのではないだろうか。

あることを深く考えたり悩んでいたりしていると、人間が持つアンテナのその方面への感度が研ぎ澄まされて、微細な電波でもきっちりとキャッチできてしまうのではないだろうか。これはまたある種の集中力の問題であるのかもしれない。集中力が高まっているときに、一見それとは何も関係がなさそうな情報の中に、共通点が見出される確率が高いということではないのだろうか。新年ももう9日が経過した。私のアンテナもそろそろ自分にとっての本来の感度を取り戻してきたのかなと、少々嬉しくなった一日であった。

「夕刊にふと見つけたる大ヒントあれだけ探しまくっていたに」

「役に立つヒントの決め手情報の量より自分のアンテナ感度」
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2010/1/7

情報は先ず発信するもの  短歌

世の中にはギブアンドテイクということばがあるが、これは言い得て妙であり、私はテイクアンドギブではない、それでは少しずるいというか要領がよすぎると考える。すなわち、テイクするためには先ずギブすべきだと考えるからである。

情報についてもこれが見事にあてはまると思う。先ず発信してこそ周りからも何らかの反応や情報がいただける気がする。このブログにしても同じことで、その都度感じたことをダラダラとではあるが書き綴っていると、様々な人から様々な反応がいただけることが多い。年賀状も同様である。

親友の先輩社長は、世の中には発信型の人と受信型の人の二通りの人がいると言っていたが、確かにそうかもしれない。私は自分自身では長い間受信型の人間だと思っていたのだが、彼の指摘もあり最近は発信型の人間なのではないかと思い始めた。

もちろん、どちらがいいとか上だとかという問題ではないのだが、少なくとも自分で事業をやるからには発信型であることが望ましいようである。また自分の意思を明確に示すと、必ずと言っていいくらい反応がある。

同様に、経営の立場にある人や会社の幹部にも発信型であることが望まれるのではないかと思う。方針、ビジョン、目標・・・、名称は何でもよいが、リーダーたるもの、先ずは旗幟鮮明にするべきということであろうか。

「情報は発信してこそ周りから返るものだと我見つけたり」

「リーダーは己の旗幟を鮮明に示すことから仕事始まる」
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