2009/12/21

年賀状は人生を映す鏡のように  短歌

バタバタとした最近であったが、ようやく年賀状を出し終えた。一昨年くらいからは家内と母の分まで手伝っているので、結構な枚数になる。私自身の分は、定年も過ぎたのでかなり枚数を減らしたのだがそれでもまだ350枚は超えている。ただ、どなたもそうだろうが、私の場合もその宛先は転勤や転職の度に少しずつ変動していく。今回の場合も、私が前職を退職して起業したものだから、宛先はかなり見直した。

これに加えて、今回は喪中欠礼ハガキがかなり多いのだが、それは毎年増え続けているように思われる。つまりは我々世代がそういう年代にさしかかっているということなのだろう。宛先も、内容についても、年賀状はそれぞれの時代の背景やもっと言うと人生のありようを映す鏡のようだと感じた。過去からの年賀状をズラッと並べてみると、その時々の自分の人生やその時の心情、心境というものがよく見えるかもしれない。

本年の最後の仕事は本日の講演会であるが、それを前にして昨日は山歩き同好会の親友達と4人で恒例の歩き納めに行ってきた。行き先は大体は生駒山か交野の交野山から国見山を超えてJR津田駅前の温泉へとたどるコースなのだが、今回は折からの寒気を避けて後者の低山コースとなった。山の途中でもちょっと一杯やりつつ、下山後の温泉の中のレストランでの昼食懇親会ではまた生ビールと焼酎で乾杯しお互いに今年を振り返った。

それぞれに変化の多かった一年であることを確認しあったが、みんなに共通していたのは、今の人生を悔やんだり恨んだりしていないことである。それぞれに今を精一杯に生きており、幸せな人生を送れているなあというのが4人の共通した思いであり、これをてこに来年も力強くやっていこうと誓い合って、2日続きのほろ酔いで3人と別れた。

「毎年の恒例で書く年賀状その時々の心映して」

「昨年はこんなことをば書ひたのか今年の年賀状を書きつつ」
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