2009/12/19

平城京の空気は何色?  短歌

お気づきの方もおられると思うが、このブログに掲載している私の写真を先日から変えてみた。5月にブログを書き始めてから約半年間は、定年祝いと妻への慰労を兼ねた旅行を思い立ち節子と行った「立山黒部アルペンルート」旅行の時に、白馬(しろうま)岳をバックに黒部湖にて撮影した写真を掲載していた。しかし、あまりにも夏らしい風景のまま冬を迎えるのも何だと考え、数少ない自分の写真を探した中で、今年の3月に地元の奈良市の平城京を訪れた時の「朱雀門」前でのスナップを取り上げることにした。

いずれの写真も、背景は青々とした空である。厳密に言えば、もちろん夏と冬の空では自ずとその色合いや深さというか高さも違うのだが、いずれも空の青さが素晴らしいので取り上げたのである。空気が汚れてきた日本、青空がなくなってきた日本とか言われるが、どっこい日本にはまだまだきれいな空は残されている。ただしそれは季節や気象条件など、いくつかの要素が整った場合に限られるのは現実的には致し方がない。

それにしても私は幸運な人間である。というのは、毎日とは言えないが毎年のようにそういうきれいな空を見ることができているからである。幸いにして、好きな趣味の山登りによって、高山特に信州あたりの3000m峰に登ればまだまだ空気は澄んでいて、日中もそうだが夜中にはそれこそ「星のランプに手が届く」くらいの満天の星が見られるのである。

「平城京遷都1300年」記念行事が来年一年間通して開催されるそうだが、今年復元されたばかりの大極殿は、ひと足早く復元された朱雀門よりひと回り大きく、かなり遠くからでもよく認められる。それが公開されるときにはにはぜひとも行ってみたい。その大極殿の南に位置する朱雀門の前に立ち、1300年前の奈良の都の空気はいかばかりであったかと、つかの間の思いを馳せる私であった。

「いにしへの奈良の都の朱雀門入口飾る柳並木よ」

「千年の昔を偲ぶ大極殿朱色を通しかの国見ゆる」
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2009/12/18

「生駒おろし」の通り道  短歌

今朝の生駒市は天気はよいが冷え込みが厳しい。天気予報によれば今日の最高気温は7℃最低気温は0℃とのこと、いよいよ本格的な冬に入ってきている。週末はさらに気温が下がるらしい。愛犬チャッピーの散歩に出るときはしっかりと着込んだのだが、それでも相当に寒い。何しろ今日は風が強いので、体感温度は一層低くなる。

風に当たりながらいつものコースを歩いていてふと気づいたのだが、場所によって常に風の強いところと弱いところがあるのである。おそらくこの周辺には「風の通り道」があり、そこは常に強い風が吹いているが、ちょっと外れると風は穏やかなのである。そこで思い出したのは「生駒おろし」ということばである。ここに転居してきた2年前に、自宅の設計会社の建築設計士がそういうことばを使っていたことを思い出した。私がこれまで聞いたことがあるのは、六甲おろし、比叡おろし、伊吹おろしなどで、生駒おろしということばは聞いたことがなかった。

しかしよく調べてみると、あるある、あるんです、生駒おろし。生駒山の東側の奈良県側でも使われているし、西側の大阪府でも使われていて、特に正月の風物詩である東大阪市の花園ラグビー場で行われる全国高校ラグビーでは毎年のように、その風上に立つか風下に立つかで栄冠が左右されるくらい重要なそして有名な要素になっているらしい。

そういえば冬独特のことばだけではなく、日本には各季節ごとにこの種の季節感を彷彿させることばや表現が残っていることを思い出した。全国にある「○○おろし」を想像しながら、こういう季節感のあることばがまだ残っているのだと感じて、つくづく四季のはっきりした日本に生まれてよかったなあ、としみじみと思う私である。

「山肌を吹き下ろしたる西からの生駒おろしに首すくめたり」

「寒風に名前を聞けど寒々と生駒おろしは止まず吹きつつ」
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2009/12/16

講演原稿を送る  短歌

昨日は、来週の講演の原稿を主催会社の社長宛に送った。質疑応答を入れて2時間の講演会なので、パワーポイントの原稿は30枚前後になる。今回の仕事は、私が参画しているある研究会のメンバーで、研修会社を経営している人からの紹介である。彼女の会社と以前から取引のある企業から講師紹介の依頼があり、私に打診があったためお引き受けしたものである。ここでも社外人脈が効いている。ありがたいことだ。

講演の対象者は、ある大手公的企業の大阪府支部の管理職80名である。その企業は創立以来130年余の歴史があり、日本人なら誰でも知っている企業である。ところが、最近ではよく似た活動をする企業や団体が増えてきたこと等により、支出は年々増えつづけるのに対して収入は漸減傾向にあり、財政的に厳しくなっているそうだ。

従って今回のテーマとしては、民間企業の厳しさの具体的解説と、管理職に対するアドバイスということである。私は、大企業と中小企業の双方の経験のあることが特長であり、健保組合という半官半民のような組織体での経験もあるのが強みなので、それを活かした立場から話を組み立ててみた。

今回の仕事も今後のコンサルティング事業の一つの財産になるかもしれないと考えると、常に気が抜けない。ひとつの仕事が次の仕事につながるということは会社勤めの時代も同じだったはずだが、自分で事業を始めてみると一層それがわかるのかもしれない。毎日、毎回がそんな体験の積み重ねであるのが自営業の特質なのかなあと感じた。

「目の前の仕事が次の仕事呼ぶ吾は進化でそれへと臨む」

「毎日の仕事が次につながりて人と組織の活性化呼ぶ」
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2009/12/15

「ビジネス基礎力」を鍛える  短歌

昨日は、あるコンサルティング業務のスタートの日であった。先月から準備を進めていたある経営コンサルタント会社の若手対象の能力開発プロジェクトのオリエンテーションを実施してきた。社長以下全員集合した言わば開講式のような場で、何のために、誰が、何を、いつまでに、どのようにやるのかを解説して、全員の認識の共有化を図った。ひとまずは来年3月までが一区切りで、状況によっては第2段階の仕事に結びつくかもしれないという点でも、昨日は重要な場であったと言える。

今回の主題は「ビジネス基礎力」の強化である。これは各業種や職種毎に求められる「専門能力」とは別に、業種や職種に関わらず必要とされる基礎的な能力のことで、私が作った一つの概念である。言わば私のオリジナル商品でもある。私なりの定義では、前者はIQ、後者はEQと読み替えても通ずると思われる。即ち、業務遂行のためには前者が必要だが、その能力を最大限に発揮するためには後者が不可欠だという考え方である。先ずはビジネス基礎力の現状レベルを診断して、その強化策を全員に指導したり個人別にカウンセリングし、最後に自己開発計画を立案してもらいそれを実行するというのが主な内容である。

今回の仕事は、私にとっては初の本格的なコンサルティングとしての仕事である。なかなか手のかかるテーマではあるが、10名弱の経営コンサルタント会社の半数以上を占める中堅幹部を目指す若手コンサルタント達をイキイキと元気にし、ひいてはその会社そのものを元気にできたら、その会社のクライアント会社まで元気にできるだろうと考えると責任重大である。ドキドキもしているが同時にワクワクとしている。今後のコンサルティング業務の一つの柱に育てて行きたいものである。

「起業して二ヵ月あまりで出会ひたるコンサルらしきテーマにときめく」

「難しき課題に出会ふありがたさ難しきほどやり甲斐つのる」
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2009/12/14

七五三詣りの両親と祖父母  短歌

先日、2人いる孫のうち姉のほうが3才半になったので、家族揃って七五三詣りに出かけた。行先は、我が家のすぐ近くにある往馬大社である。往馬大社(いこまたいしゃ)は生駒神社とも呼ばれるが、境内の高札などによれば少なくとも1500年以上前の創建であるから、平城京遷都より200年以上前から存在している古社である。

昼過ぎに長女夫婦が3才の姉と0才児の弟を連れて我が家に到着すると、「ばあば」である我が妻は待ってましたとばかりに3才児に着物を着せる作業に入る。忙しい忙しいと言いながら昨日わざわざ奈良町まで出かけて買ってきた草履を履かせて仕上げは完了した。2台の車に分乗して神社へ向かうが、孫の手は母親ではなく「ばあば」がしっかりと握っている。

お互いに業務の都合などで11月中に参拝できず12月に入ってしまったので少々心苦しかったのだが、それでも我々のほかに3組ばかり七五三詣りに来られていたのでなぜかホッとする。本殿に上がって祈祷をしてもらった後、お決まりの記念撮影である。ここでも「ばあば」は大活躍で、当の父親以上に孫のことをあれこれと構っている。母親が0才児を抱えているし父親も着物のことなどわからないから止むを得ないのかもしれないが、こういうケースではどうも「ばあば」が活躍するものらしい。

若き両親と「ばあば」の様を横で見ている「じいじ」の役割は、車の運転と写真係しかない。当然、父親もカメラを持ってきており撮影しているが、彼もまた本日の主役の一人である。彼も含めた写真を何枚も撮ってあげ、帰宅したらすぐにプリントして渡してやった。夕方は、それらの写真を見ながらの夕食である。一時はしぐれていた空もどうやら止んだようだ。孫は初めての着物姿がよほど嬉しかったらしく、弟に対しては姉らしい余裕を見せながらも祖父母に甘えなついてくる。

はじめは何をしていいかわからず戸惑っていた私であったが、状況を見ていたら自然と体が動き、結果としてどこの家でもやっているような形で両親と祖父母の役割を果たしているある家庭の姿がそこにあった。

「三才になりて詣るは七五三孫の成長何より嬉し」

「七五三次の詣りは四年後と自分に言ひ聞かせ健康誓ふ」
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