2009/4/30
防人(さきもり)の歌 短歌
先日、我が登山同好会である名山会の例会で、大阪の奥能勢(京都府および兵庫県との府県境)にある「剣尾山(けんびさん)」に登って来た。この山は、昨年の3月下旬にも登ったのだが、そのときは予想だにしなかった積雪に阻まれて、山頂から北の周回コースは断念していた因縁のコースであった。
それが本年は最高の好天に恵まれ、というか恵まれすぎて、すれ違う人たちとの会話も「いい天気ですね。それにしてもよすぎますね。」と言い合うくらい、暑すぎるほどの好天であった。
4月から5月は、一年のうちでも最も紫外線の強い季節と聞く。稜線を歩きながら受ける日差しと額から吹き出す汗は、それを如実に物語っていた。
「奥能勢は早くも初夏の日差しなり 歩く友らの笑顔こぼれて」
その次の週、好天に誘われて、地元というか目の前の名山である「生駒山」に、一人で登ってきた。山頂の遊園地は小さな子供を主役とした家族連れの大集合で、若いお父さんお母さんたちは子供たちと一緒にミニSLに乗車したり、あるいはその姿を写真に納めたりしていた。その中で私は、いつものとおり山頂の遊園地のベンチで昼食と一杯の缶ビールを空け、ゆったりと下山を開始した。
山頂から南へ歩くこと30分弱で暗峠(くらがりとうげ)に着き、行きつけの峠の茶屋でホットコーヒーを注文したあと、私と同姓の北村というおかみさんに別れを告げて、南生駒方面へ降り始めた。峠から15分も降っただろうか、ふと気づくとそこには犬養孝氏の揮毫になる防人(さきもり)の歌が石碑となって残されていた。防人の名は大田部三成、出身は下野国(しもつけのくに)梁田郡とあった。
「下野の防人詠みし歌碑残る 生駒の峰に故郷(くに)を思はむ」
「いにしへの人見たるらむこの花を 生駒山腹防人の歌」
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それが本年は最高の好天に恵まれ、というか恵まれすぎて、すれ違う人たちとの会話も「いい天気ですね。それにしてもよすぎますね。」と言い合うくらい、暑すぎるほどの好天であった。
4月から5月は、一年のうちでも最も紫外線の強い季節と聞く。稜線を歩きながら受ける日差しと額から吹き出す汗は、それを如実に物語っていた。
「奥能勢は早くも初夏の日差しなり 歩く友らの笑顔こぼれて」
その次の週、好天に誘われて、地元というか目の前の名山である「生駒山」に、一人で登ってきた。山頂の遊園地は小さな子供を主役とした家族連れの大集合で、若いお父さんお母さんたちは子供たちと一緒にミニSLに乗車したり、あるいはその姿を写真に納めたりしていた。その中で私は、いつものとおり山頂の遊園地のベンチで昼食と一杯の缶ビールを空け、ゆったりと下山を開始した。
山頂から南へ歩くこと30分弱で暗峠(くらがりとうげ)に着き、行きつけの峠の茶屋でホットコーヒーを注文したあと、私と同姓の北村というおかみさんに別れを告げて、南生駒方面へ降り始めた。峠から15分も降っただろうか、ふと気づくとそこには犬養孝氏の揮毫になる防人(さきもり)の歌が石碑となって残されていた。防人の名は大田部三成、出身は下野国(しもつけのくに)梁田郡とあった。
「下野の防人詠みし歌碑残る 生駒の峰に故郷(くに)を思はむ」
「いにしへの人見たるらむこの花を 生駒山腹防人の歌」


2009/4/26
最近の作品から 短歌
「ブログ」なるものの存在は以前から知っていたのだが、それを作るのは面倒なものだと思い込んでいたので自分でやることは毛頭考えていなかったが、大親友のI氏の勧めでままよと取り組んでみたら、何とあっけなくも始めることができてしまった。
こうなるとこの私も勝手なもので、どんどんと何かを書き込んでみたい心境に駆られた。そこで、最近の短歌の作品をここに記載すことにする。
私は、長年住み慣れた枚方市を離れて現在の生駒市へ1年半前に転居した。生駒市を転居先に選んだ理由は、新しい勤務先への通勤が少しでも便利であることと、まもなく84才となる母親を和歌山市の実家から引き取り同居する家を建てるために必要な広さの土地にめぐり合えたこと、である。
土地探しの時期からもこの周辺の土地柄は気に入っていたのだが、実際に住んでからは、大好きな生駒山と矢田丘陵にはさまれ、有名な竜田川からほど近いこの地が、さらに好きになっている。
私は毎朝、出勤のときも休日のときも、目覚めたらまず生駒山の表情を確認する。そして「いこまさん、おはようさん。」と声をかけることから私の一日が始まる。我が家の周囲の桜も散り、葉桜となった今日この頃、生駒の山肌は一気に緑色を濃くして萌えたつようである。
「萌へいづる青葉若葉につつまれて 吾を見送る今朝の生駒よ」
「水ぬるむ竜田の流れ眺むれば ぴちゃんと跳ねる浅瀬で鯉が」
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こうなるとこの私も勝手なもので、どんどんと何かを書き込んでみたい心境に駆られた。そこで、最近の短歌の作品をここに記載すことにする。
私は、長年住み慣れた枚方市を離れて現在の生駒市へ1年半前に転居した。生駒市を転居先に選んだ理由は、新しい勤務先への通勤が少しでも便利であることと、まもなく84才となる母親を和歌山市の実家から引き取り同居する家を建てるために必要な広さの土地にめぐり合えたこと、である。
土地探しの時期からもこの周辺の土地柄は気に入っていたのだが、実際に住んでからは、大好きな生駒山と矢田丘陵にはさまれ、有名な竜田川からほど近いこの地が、さらに好きになっている。
私は毎朝、出勤のときも休日のときも、目覚めたらまず生駒山の表情を確認する。そして「いこまさん、おはようさん。」と声をかけることから私の一日が始まる。我が家の周囲の桜も散り、葉桜となった今日この頃、生駒の山肌は一気に緑色を濃くして萌えたつようである。
「萌へいづる青葉若葉につつまれて 吾を見送る今朝の生駒よ」
「水ぬるむ竜田の流れ眺むれば ぴちゃんと跳ねる浅瀬で鯉が」

2009/4/26
自分に「はじめまして!」 短歌
前職での尊敬する先輩から勧められて短歌を始めたのが07年11月だから、およそ1年半になる。
思えば小学校時代から、学科では「国語」と「音楽」が大好きだった自分・・・。その私が定年を2年前倒しで退職し現在の会社へ再就職したての時期に、20年来短歌を嗜んでおられたある先輩からお誘いを受けて、特に深くも考えずにある短歌の会に入会することになったのは、もしかしたら偶然ではなく、ある種の「必然」だったのかもしれないと、最近ふと考える。
昨日、その短歌の会の関西支部の歌会が大阪市内で開催されたのだが、新潟の本部から90才6ヵ月の会長が来阪され9名での歌会となった。そこでは、各自が事前に提出した歌についてお互いに感想や意見を述べ合うのが普通であるが、今回は折角の機会だからと、会長からのコメントを中心に歌会は進められた。ひと通りのコメントが終わったあとは、会長から短歌を作る際の心構えやヒント、短歌の鑑賞の楽しみ方の紹介などがあって、私はますます短歌が好きになってきている。
一方、大学のワンダーフォーゲル部以来の趣味である「山歩き」においても、私は「名山会」という同好会を10名で構成しているが、その中で私と共に中心的役割を務めている40年来の大親友は、大学時代から俳句や短歌を嗜んでいた人物で、本気でやりたいのなら、@できるだけたくさん詠むこと、A一旦詠んでおしまいにせず、何度も推敲を重ねること、B恥ずかしがらずにできるだけ多くの人に公表し聞いてもらうこと、の3つのアドバイスをしてくれた。
その大親友のアドバイスはさらに、「歌集」を作ってはどうか、それは自分も始めた「ブログ」を使えば比較的簡単に実現できる、ということまで教えてくれた。そのアドバイスに従って、私は今、この最初の文章を書いているのである。いつまで続くか自信はないが、折々の私の心境について「短歌」という形を通してここに記していき、それがある程度集まったら「歌集」としてまとめてみたいものである。
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思えば小学校時代から、学科では「国語」と「音楽」が大好きだった自分・・・。その私が定年を2年前倒しで退職し現在の会社へ再就職したての時期に、20年来短歌を嗜んでおられたある先輩からお誘いを受けて、特に深くも考えずにある短歌の会に入会することになったのは、もしかしたら偶然ではなく、ある種の「必然」だったのかもしれないと、最近ふと考える。
昨日、その短歌の会の関西支部の歌会が大阪市内で開催されたのだが、新潟の本部から90才6ヵ月の会長が来阪され9名での歌会となった。そこでは、各自が事前に提出した歌についてお互いに感想や意見を述べ合うのが普通であるが、今回は折角の機会だからと、会長からのコメントを中心に歌会は進められた。ひと通りのコメントが終わったあとは、会長から短歌を作る際の心構えやヒント、短歌の鑑賞の楽しみ方の紹介などがあって、私はますます短歌が好きになってきている。
一方、大学のワンダーフォーゲル部以来の趣味である「山歩き」においても、私は「名山会」という同好会を10名で構成しているが、その中で私と共に中心的役割を務めている40年来の大親友は、大学時代から俳句や短歌を嗜んでいた人物で、本気でやりたいのなら、@できるだけたくさん詠むこと、A一旦詠んでおしまいにせず、何度も推敲を重ねること、B恥ずかしがらずにできるだけ多くの人に公表し聞いてもらうこと、の3つのアドバイスをしてくれた。
その大親友のアドバイスはさらに、「歌集」を作ってはどうか、それは自分も始めた「ブログ」を使えば比較的簡単に実現できる、ということまで教えてくれた。そのアドバイスに従って、私は今、この最初の文章を書いているのである。いつまで続くか自信はないが、折々の私の心境について「短歌」という形を通してここに記していき、それがある程度集まったら「歌集」としてまとめてみたいものである。
