2012/12/8 | 投稿者: SHOJI

     教授の座右の銘 人間万事塞翁が馬

山中教授は先生の座右の銘とはと聞かれて「人間万事塞翁が馬ですかね」と答えている。
この故事は、「人生における幸不幸は予測できない」との中国の教えである。

中国に昔住んでいた塞翁という老人の飼っている馬が逃げ出してしまった。隣人が慰める
と塞翁は平然として、「これが幸福のもとになるかもしれない。」と言った。
暫くすると、以前逃げた馬が名馬をたくさん連れて戻ってきた。
そこで隣人たちは、「おめでとう」と言うと、塞翁は「これが災いのもとになるかも」と
言った。馬に乗っていた塞翁の自慢の息子が落馬して、骨折し、足に障害が残った。
隣人たちが慰めると、「これが幸福のもとになるかも」と言った。
その翌年、隣国と戦争が起こり、国の多くの若者は、戦争に出かけ、戦死した。
塞翁の息子は足の故障で、兵役を免れ、戦死せずに済んだのだ。

教授は、自分の人生を振り返って「落ち着かない回旋型の自分は、紆余曲折を経て、iPS
細胞の研究にたどり着いたので、まさに「人間万事塞翁が馬なのです」と語っている。

米国留学後の鬱状態(PADと呼ぶ)の時、家を新築したいと思った。土地購入のローンを
組む必要に迫られたが、基礎医学研究者では無理なので病院の勤務医になる必要があった。
そこで、芽が出ない研究をやめるきっかけにしたいと思った。妻も「研究者をやめてもい
いのでは」と言ってくれた。いろいろ迷っているうちに、土地が売れてしまって買えなく
なった。思い悩んでいる時、奈良先端学術研究大学院の公募を見つけ、なんとか引っかか
り採用されたのである。アメリカで学んだプレゼンのうまさが身を助けたと書いている。

このように、教授は秀才コースを歩んだわけではなく、いろいろ冒険しているところが
特色である。しかし、研究をやっていても、何がいいか、悪いかすぐにはわからないと
教授は言う。そこで教授は迷ったり、悩んだり、研究成果が出ないとき、どうしたのだ
ろうか。「塞翁が馬」も一つの支えとなったのであろう。
しかし、私はもう一つ指摘しておきたい。教授を支えたのは、仲間との討論と支え合い
である。


院生や若手研究者は現在の雇用不安定の情況で、身分が不安定で研究を楽しむより、先
の見えない不安が先立つがどうすればよいか、との若手研究者の質問に教授は、「良い
研究をし、ハッピーになるためには、安定したポジションではない。仲間と討議できる
良い環境である。たとえ安定したポジションがあっても、研究が面白くなければ、
ハッピーではないでしょう。」と答えている。明快である。この点は私が研究者を育て
るときに大事にしてきたことと共通である。私としては味方を得た感じで心強い。
もちろん教授は、研究所長として、京都マラソンに出場して、研究費の公募寄付を呼び
かけたり、文科省に働きかけて、予算獲得の努力をすることも忘れていない。研究にお金
やポジションが必要なことは認めている。


私はこれまで、研究者や実践家が育つためには、どんなことでも討論し、話し合える多様
な人材がいて、共有できる安全な空間が必要であることを強調し、実践してきている。
ささやかな21世紀研究所で月に一回、院生や心理臨床家、研究者たちと安心して各自の
アイデアや研究成果を語る会を楽しんでいる。研究会ではなく、生演奏に近い雰囲気と
私は思っている。山口をはじめ鹿児島や熊本、北九州、福岡からやってくる。
ここから何が生まれてくるのかが楽しみである。

終わりに、これまで3回にわたり、山中教授の創造の軌跡を追ってみた。まだ50歳の
若さである。これからの研究の発展を期待したい。私自身の研究経営論に組み入れると
ころ、共感できるところや学ぶところがたくさんあった。
また、読んでいただいた方に感謝します。
5

2012/11/16 | 投稿者: SHOJI

   
    (2) 勝負度胸の凄さ

 山中教授の記事を読んで印象に残ることは、「勝負時の度胸のよさ」である。
 教授の書いている場面から抜き出してみよう。

◎ 教授が基礎医学を目指して大阪市立大学大学院薬理学専攻試験の面接場面である。
  面接官の質問にしどろもどろになっていたので、「このままではでは落ちる」と思い、
  面接の最後、やぶれかぶれ正直に「ぼくは薬理のことは何も分かりません。でも
  研究したいんです。通してください。」と叫んでいる。

 こんなことはなかなか山中教授でないと言えないことである。

◎ ノーベル賞授賞の対象となった論文作成の時の連続徹夜と驚異的粘り
  論文発表の準備を進めていた2007年夏、アメリカ出張中に「他の研究者がヒトiPS細胞
  樹立に成功」との噂を聞いた。
  教授は焦り、帰りの飛行機の中で論文を一気に書き上げた。
  そして「セル」というトップジャーナルに投稿した。
  論文が受理されるために「セル編集部編集者に何度も対応した」と書いている。

 このすさまじいねばりで、論文が受理され、インターネット速報で発表された。
 この論文が発表される1週間前にウイスコンシン大学のトムソン教授が成功していた
 のである。
 
 このあたりの記述を読むと私のような文系研究者には、開発競争が想像もつかない強烈
 な展開でなされていることを知って驚いてしまった。山中天才教授の競争を勝ち抜いて
 いく凄さ、そこにノーベル賞が輝いていることを改めて感じた。
 山中教授のこうした勝負どころの強さはまだいくつもあるが、ここではこれだけにした
 い。

 こうした勝負度胸の凄さは何処で鍛えられてきたのだろうか?
 私のみたところ、山中教授が運動クラブで心身を鍛えたところが大きいと思う。
 理科と数学好きの山中少年は、父親からへなへな身体を鍛えよ、といわれた。
 その一つは柔道である。中3で初段、高2で2段。
 また大学ではラグビー部で活躍している。
 ランニングも京都フルマラソンに出場して4時間台で完走する力量の持ち主である。

 改めて前回UPした山中教授の写真をみると、眼光の鋭さから迫りくるような気力を
 感じてしまう。

生きると言うことは、誰でも大なり小なりこうした勝負時に出会っていて、その人
 なりに乗り切っているということである、と私は思っている。
 山中教授はこういう個人的なことを、輝かしい頂点に立ったときに表現する勇気を
 持ち合わせている。このことに私は敬意を表したい。
 教授のこうした行動を支えている考えの一つが「人間万事塞翁が馬」であるらしい。
 次回はこのことに触れてみたい。  
3

2012/11/11 | 投稿者: SHOJI

       (1) 研究のスピリットはV.W.

論文発表から6年間の超スピード授賞という驚異なる研究成果をあげた山中教授に
一日本人として、一研究者として心からお祝い申し上げたい。

私は毎年この時期のノーベル賞授賞者発表に関心を持っている。その理由の一つは、
私には、何が創造的研究の核心になったかという課題意識があるからである。
そこで日本人の授賞だと談話、新聞記事、テレビ、著書などの情報を集めることにしてい
る。今回も新聞記事スクラップ、雑誌、、テレビ、著書などを蒐集している最中である。
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これまでも湯川秀樹、朝永振一郎、利根川進などのエッセイは書棚にある。

さて、山中教授はこれまでの授賞者にない人なつっこさ、人間味と親しみやすさを感じさ
せ魅力的である。家族、自分、仲間、恩師、国まで自由に語るエピソードはとても興味深
いものがある。そこで、ブログに書いてみることにした。

<人生と研究のスピリットはV.W.>
「研究者として成功する秘訣はVWだ。VWさえ実行すれば、君たちは必ず成功する。研究
者にとってだけでなく、人生にとっても大切なのはVWだ。VWは魔法の言葉だ。」(『山中
伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』講談社 2012 51p)
これは山中教授が留学したサンフランシスコのグランドストーン研究所長の言葉である。
山中教授はこのVWをサインによく使っているらしい。

Vは、Vision(ビジョン)のVである。長期的展望、目標である。
辞書広辞苑では、視覚、幻影の意味であった。
これは私の研究観と共通しているところがあり、心強い限りである。
日本、特に心理学では、“Vision”より“Method”が第一だと教えられている。
私の言葉でいえば、研究は問題をはらまないとできない。

Wは、Work Hard(ワークハード)のWである。
これは日本人がかなり得意とするところである。だが、山中教授も自分自身にも
言い聞かせるそうであるが、ワークハードしているうちに、いつのまにか目的を見失い、
何のためのワークハードかが見えなくなってしまうことが多い。

私の言葉でいえば、「はじめにビジョンありき」であり、院生たちにそれを説いている。
“夢”という言葉でワ−クにも用いている。

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