2019/11/26 | 投稿者: naoko

NAOKOです。

安楽さんを偲んでこのほど有志で冊子をつくり、仏前に捧げることが
出来ました。

昨日11月25日、亡くなられて一周忌に当たる日を目当てに創りました。

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8名がいろんなおもいや感謝の気持ちを書き上げています。
内容については、福人研のホームページにすでに掲載されていますので
目を通して下さい。

お送りした冊子と花かごがご家族のもとに届きました頃に、奥様から
速達便が届きました。

<皆様、本当にありがとうございました。>と以下お便りの文面です。

     ******************

今、街路樹の紅葉も見頃となりました。
昨年の今頃は何も目に入らず、主人の入院先への往復をしていたのだと
思います。

昨日は福人研(我が家では福人研と表現していました、)の方々の暖かい
御言葉を涙して読ませていただきました。そして美しい花かごを
本当にありがとうございます。

亡き夫は、70歳を過ぎた頃より、15年間に、肺がん、食道がん、胃がん
そして前立がん・・・の治療を頑張っていました。
そして暖解期にはドライブ、ショッピング、街歩き等々を旧友、家族と
楽しい時間もありました。
・・・
自分の最後のときも無理な延命治療は望まない。と宣言していました。
慈光寺さんの法座にも数回参加させて頂き、大変嬉しそうでした。

本当に長い間ありがとうございました。
皆様には、どうぞよろしくお伝え下さいます様お願いいたします。
私も傘寿、もう少し頑張ります。
  
   ********************

本当に奥様にとっては昨年は紅葉のことなど目に入らなかったことと
想像できます。一年たった今、こうして感謝の気持ちのやり取りが
出来て、私たちにとっても、安楽さんロスから復活して、改めて安楽
さんや奥様と共に今も居る実感が戻って来ているように思います。

福人研では下坂さんのご命日は11月26日、まさに今日なのです。

いつも月例会を開催している赤坂研では今、カエデの紅葉が見事です。
安楽さんや下坂さんにも届いて居ることを願っています。

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2

2019/10/17 | 投稿者: shoji

SHOJIです。

―38回日本人間性心理学会に参加して感じたこと その2
 
PCAGIP継続実施による組織変革の可能性が見えた!

発表前夜祭❓
21日 19時から発表打ち合わせのため 人形町のレストランで 
会食しながら話しあった。
打ち合わせと称して発表のことを忘れて話し込んでしまいました。
1時間して「ご注文は」と店員さんに督促され、あわてて食事を注文する
ことになった。22時近くまで話し込んでしまいました。
誰かがお店に手帳を忘れたので、店員さんが われわれを走って追いかけ
てくれました!なんと優しいし昔の江戸下町情緒を思い出させてくれた。
(私は小学校以前に、人形町に近い橘町で大きな木箱屋製造業のおじさん
の家にときどき法事などに来ていたのです)


シンポジュウム 日本の組織変革へのPCAGIP導入の実際と社会貢献
企画・司会 村山正治・中田行重
話題提供者 野村陽子・成田有子  指定討論 高楊美裕樹・南 陽子

*当日の大会会場で感じたこと
併行プログラムなので せいぜい20名ぐらいと踏んでいました。ところが
なんと45人で会場に補助椅子を出す盛況でした。
私の心の中では「PCAGIPは潜在力がある」「組織変革に絞ってよかった」
と叫んでいた。産業カウンセラー キャリアコンサルテイング、九大、九産大
佼成カウンリング 「東京高楊塾」の皆さんなど のお顔が見えた。
村ゼミの九大OB、中でもODさんが最後に挨拶に来られていわれた言葉が嬉
しかった。「先生が九大時代から主張されてきた考え、グル―プ観 人間観 
臨床観などがすべて込められていて PCAGIPは先生の集大成ですね」で
した。

*野村さんの発表を聞いて
野村さんの個人発表もお聞きしたがここではシンポ中心の感想です。
聞いていて全体の感想を言えば 「ワクワクする」「自分もやってみたい気
になる」野村さんらしい雰囲気でした。
学会発表ははじめてと聞きました。以下私の感じたポイントです
@臨床心理士として医療生協という550人職員を抱える大病院に勤務している。
APCAGIPは2016年から2019年9月まで17回実施している。
B継続状況の一形態に「管理塾」がある。院内外の他職種の方が月1回集まっ
て実施している。福人研の月例会に似ている形態である。
院内研修を超えて、コミュニテイネットでも動いておられる。
C実施上の野村さんらしい新しい工夫; 
1 質問の扱い方 2終わりに 参加メンバー全員がこうしたらいいという
「提案」を模造紙に書いて 話題提供者にプレゼントする。
D継続できる仮説ないし理論
1解決志向でなく、理解志向であること 2エンパワーメント効果 
3参加者から「楽しい」という声が多く聞かれる。4 話題提供者が現実に
元気になる。  
E村山は シンポの席上で 「継続して実施する野村さんの個人的理由」を
おたずねした。すると「私はPCAGIPが大好きですから」とお答えが返ってき
ました。私は驚いてしまいました。予想外のお答えでした。「なるほどそう
だったか」。「ウーン」とうなってしまいました。素晴らしい回答でした。
あれだけ多数回同一施設で継続できるkeyの一つは 「好きだからなのだ」
この辺りはいつかまたお聞きしてみたい気持ちです。
「つまり野村流PCAGIPは 方法だけでなく 野村さんの存在自身全体
がかかわっている・関係している」と私は感じました。
この点が継続できる大きな要因と感じました。
F今後の課題では 「医師まで参加できるPCAGIPにしたい」と書いて
あった。
これまで医師の実例報告がないので ぜひチャレンジしていただきたい。

成田有子さんの発表を聞いて。
@ ユナイト代表取締。臨床心理士。マインドフルネス・カウンセリング・
コンサルテイション・大学院大学の委嘱カウンセラー・大学非常勤講師など
多彩な臨床活動を展開している。
APCAGIPは播磨の会、創元社ワークなどに参加。成田さんは企業での
体験から 「PCAGIPは 1 対人援助職だけでなく企業のリーダー訓
練に有効 2 組織開発として有効であると気が付かれた。
BA社(製造業・社員数万)の企業研修に2012-から2019の現在まで7年間
委嘱されている。
C成田さん提案の10回連続の研修「若手リーダー活性化プログラム」(レジ
メ参照)を実践中である。
1回 2時間のプログラムに30分という短時間、マイドフルネスとセットで
PCAGIPを活用されている。
D成田さんらしい短時間実施の工夫; PCAGIPの短縮版「マネピカ」
の作成・実施
1準備 ファシ・提供者・書記の3役を決める  2実施手順 事例・2周質問
・実行の提案・感想

村山の感想 PCAGIPを学校現場で実施するには、「50分の授業時間」内
にできるマニュアルがほしいとの要望をよく耳にします。
成田さんは 手際よく30分の「ピカマネ」を作成しました。
この貢献は大きいです。
シンポでもこの点に意見が多数出ました。私自身の体験では説明と体験で2時
間程度を必要と感じています。「どちらが正しか」の問いは、建設的でないで
す。いいと感じたことはやってみることが発展につながると信じています。
生データーにものいわせましょう。

参加者の声を集めてそれぞれ何が起っているか検討しましょう。
すでに成田さんはデータを集めています。リーダー研修の一環としてPCA
GIPを組み入れる方向で会社側のニーズにもこたえています。
また成田さんは 日本の企業文化の中で、PCAGIPを展開していく際の
課題も提出してくれました。私どもがこれから挑戦していく課題が見えてき
ました。
企画・司会の中田さんは関西大学大学院教授で冒頭と最後に貴重な発言をい
ただきました。
終始、シンポの展開を見守り、時に発言いただき、お陰で 村山は安心して
自由に発言できました。

討論指定 高楊さんが株式会社 ヒューマンフロンテイア所属の産業カウン
セラー、EAPカウンセラーの立場からまた。また南さんが社団法人オール・
キャリコン・ネットワーク の立場から それぞれ5分ほど貴重な感想を述べ
られました。しかし指定討論はブッツケ本番のため、レジメはありません。
ご3人の発言は、今回の村山のブログでなく 別版を準備中なので ここには
記載しませんでした。ご了承ください。 

終わりの思い付き提案
村山はシンポの過程で盛り上がりとPCAGIPへの関心の深さ・強さを感
じました。参加者とのこのままつながりが切れるのが惜しい気がしてきました。
企画・司会者としてのの欲張りでしたが 番外の提案をしました。

村山の提案  「私達はすでに 「PCAGIPネット」を創り、情報交換に
より研究実践・研究を進めている。今後 PCAGIPネットに参加したい人
はメールアドレスをここで、提供いただけば 情報を流します」。
に多数の参加者がアドレスを提供してくださり、関西大学大学院の小野さんが
ネットワークアドレスを作成中です。

村山の感想
このブログでは 取り合えず、村山が感じたままの感想を書きました。
シンポのスタッフフ皆さんの感想・意見は別版を作成しています。
でき次第、ネットに流します。
@数年にわたって 中田・村山は この学会を活用して 継続的に
PCAGIPシンポを実施してきました。
今回は 併行プログラムのため 冒頭でのべたように、このセッションには、
20名前後の参加と予想していました。なんと満席、補助椅子まで動員して45名
が参加されました。PCAGIPの魅力、関心が高いことが改めて感じられ、
企画者としてとても元気が出てきました。
A従来、学校を中心に展開してきたPCAGIPを 今回は次の発展段階と
して「産業・企業・病院組織への展開」に絞ったことが新鮮だった気がしてい
ます。
BPCAGIPを一つの組織に継続実施している「成田さん・野村さん」の二人の
実践家・研究者が名古屋から生まれてきました。高楊さん・南さんも産業領域
で企業職員の支援に活躍しています。これからの発展・充実が楽しみです。
1

2019/9/30 | 投稿者: shoji

SHOJIです。

―38回日本人間性心理学会に参加して感じたこと その1
 
最近は 学会に出席することが楽しくなっている。
一つは 九大・九産大・東亜大の村ゼミの院生たちの活躍を知ったり、
あとの飲み会で旧交を温めること。
二つ目は身近な東亜大の人たちの発表を聞くと、意外な発見が多いこと。
3つ目は 私自身と仲間との協同研究のであるPCAGIPを発表して 
多様な反応を聞いて さらなる展開のヒントを得ることである。

日本人間性心理学会は 私は設立に関与したり、なじみの研究発表が多く、
参加人数も手ごろで 居心地が悪くない。

大会は跡見学園女子大文京キャンパスで 250名が参加して9月22日から
23日まで開催された。
私は 21日から西鉄日本橋インに滞在して二つのセッションに参加した。

PCAGIP研究仲間と研究発表並びに日本人間性心理学学会賞記念シン
ポジュウムに参加しました。
また東亜大の村ゼミの人たちの発表には参加できなかったが、北田さん
から多色刷りの魅力的なレジメをいただいたので 
これから私の感想を述べておきたい。

ポスターセッション 
ロジャース論文を媒体とした大学院生グループの意味
 –修了後の語りからー  
 発表者 北田朋子・中山幸輝・姜 潤華・村上恵子
  
@レジメによると「ロジャースを読む会」として発足し、ロジャースの
論文の輪読会を2014年4月発足で 2018年修了まで 4年間に32回開催
した体験を整理して体験的意味をkJ法で整理したものである。
メンバーは3人から11人 M1からD3・ODまで参加していたらしいです。
常連さんは5―-6名だったと記されている。
A活動内容は 通常の読書会でなく 院生たちの「居場所」「遊び」「楽し
み場」として生きていた、機能していた感じがした。
B最近の院生は  「学年別ヨコ型のつながり」が強い。本会のように、
「超学年タテ型のつながり」は珍しい。
しかしこれこそ博士課程まである東亜大大学院の醍醐味である。
院生相互の学び合いこそ大学院の魅力である。その様相を提示した意義は
おおきい。
Cロジャースの「人間論」には 人を寄せる魅力がある気がする。
D読書会なのに 人間論の中のどの論文を読んだのか一つしか記述されて
いない。
「媒体」たる所以であろう。
ロジャースの「人間の本質」論文を読んで 動物園にライオンを見物に行
くことに象徴されている。
ロジャースは人間有機体論を提唱しフロイトとの相違を強調している。
人間有機体が信頼できることを体験した会なのであろう。 
E1968年頃の大学紛争の真最中 九州大学教養部で学生たちと 「ロジャ
ース人間論」を輪読していたこと」を思い出してしまった。
この学生たちと福岡人間関係研究会が生まれてきた。
このときは 「自分自身になること」が中心だった。
F今回は ゼミの教員である村山正治は参加したことも 関わったことも
ないことを述べておきたい。院生たちの独自の試みである。

出典 38回大会プログラム75頁 (2019)





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2019/9/9 | 投稿者: shoji

SHOJIです。


―学校臨床心理士WG活動の視点からー
  の舞台裏から のつぶやき       

Tはじめに
第24回学校臨床心理士全国研修会の招待講演を終えて感じたことを書いて
おきたい気持ちが動きました。
7月28日11時15分から12時15分までの1時間ほど、上記テーマで講演しました。 
京都国際会議場大ホールが4階まで超満員でした。事務局によれは、1700人の
登録者がいたそうである。
学校臨床心理士WGの代表交代記念講演であった。私のために 福田憲明 
現代表とWGの皆さんが私の花道を創ってくれた講演でした。福田代表は
「1995年にスタートした我が国の公立学校におけるスクールカウンセラーを産
み、育、見守り続けて来た村山正治先生にこれまでのSCの発展とそれを支え
てきたWGの活動を振り返りつつ、お考えや想いをお話していただきます。
あたらしい時代を担うSCへのメッセージとなるでしょう。」と大会挨拶文に
書かれています。
私はこの業界では 「ミスタースクールカウンセラー」と呼ばれています。
大塚義孝先生がつけた愛称です。

U 講演の組み立て
1活動表の作成
色々考えました。与えられた60分のうち 30分を「これまで」部分、20分を
「これから」に充ててみました。
私の気持ちは「23年にわたるWG活動の全体像を参加の皆さんに理解してい
ただきたい。」でした。そのためWGの活動 学会シンポ・全国研修会テーマ
・都道府県学校臨床心理士担当理事・コーデネイター会議の4本柱の全体が見
えるようにリストアップして活動表を作成した。私自身がよく見えてないこと
もあって、こだわりました。事務局向後さんの献身的ご尽力のお陰で、大会に
間に合いました。心から感謝申し上げます。貴重な活動表です。WGの活動を
整理していく基礎資料です。あらためて読んでみると「あれー、皆さんととも
に23年間 けっこう長持ちした、大活動を展開してきたんだ」と実感しました。
視える化の成果です
参加者の皆さんへのお土産のつもりもありました。講演時間が短いので、レジ
メだけはかっちり作成したいと、私には珍しいことでした。
2 講演全体の構成 
村山正治「スクールカウンセリングのパラダイム論」(2012年)を軸に
考えました。TからZまでが 「これまで」論 [が「これから」論です
Tはじめに U学校臨床の知を生み出す基本姿勢とシステム Vスクールカウ
ンセラー事業発展にために新しいシステムの創造と対応(SCの活動を支える
バックアップシステムの創造) W学校臨床心理士のためのガイドラインの創
造 X実践知・経験知の集積のためのシステムの創造 Y地方の時代 Zスク
ールカウンセラーのこれからの発展の方向と課題 [ 終わりのはじまり

V 終わりの始まり 
これからの方向 私の個人的認識
1 大転換期に生きている 2 心理的諸問題は日本の社会・文化・政治など
の相互関連で起こっている 3 心理臨床も ポストベンションからプリベン
ション、さらに自己実現論・成長論へ 4 ネガテイブケーパビリテイの重要性
5 当事者目線 6 支援ネットワーク 7チーム学校形態のむつかしさと挑戦性
8 解決志向からプロセス志向 対話性 9新しいパラダイム論の構築に向けて

W 講演後の実際
講演終了後、大拍手を受け、壇上から退場しかけたとき、福田代表から 謝辞
と 窪田由紀委員から豪華な花束の贈呈を受けました。任務から解放された安
堵感と、嬉しさと感謝の気持ち 突然のことに戸惑を感じながら 会場の皆さ
んに何度も御礼と花束を掲げ、祝福の拍手をいただき、退場しました。私の人
生のよき瞬間になりました。

X講演記録の作成
今、準備中です。向後さんからDVDを作成していただいたので、記録を起こ
します。
講演はレジメとはかなり異なった話になったことも感じています。特に「終わ
りの始まり」の9項目が不十分だと私は感じています現時点で私に見えている
発展の方向と芽であると確信しています。

Y さまざなま反応・応援歌に感謝
今回は1700人という「舞台装置」が大きいので、ありがたいことに 多様な方
がたから、会場で、メイルで たくさんの応援歌をいただきました。とても幸
せでした。
九州大、九産大、東亜大の院生達、PCAGIPネットの仲間達、WGの仲間達 来賓
からこころ温まる声をかけていただき、心から感謝申し上げます。
ここでは5通ほどのメイルのさわりを紹介させていただきます。

〈感想1 Iさん〉
ご講演、お疲れ様でした。
福田憲明先生もおっしゃっていましたが、村山先生の熱い姿が印象的でした。
その中でも『みんなと一緒に創ってきた』『みんなと一緒に創っていく』と
何度も話されていたのが、とても印象に残りました。
私自身が現場で子どもたちや保護者、先生方と『一緒に』やってきたことや、
やっていくこと等を連想しながら、考え続けていかないといけないと感じて
います。
また『役に立っても解決するとは限らない』という言葉も、とてもインパクト
が強いものでした。
SCの在り方を目指すことについてもですが、PCAGIPのことも連想しながら聴
いていました。
今回、今までの全体テーマやシンポジウムの演題の一覧を初めて見ました。
SCは常に“これから”に向かって変化し続けてきたんだなぁ、と思いました。
SCの歴史を感じられ、私自身がSCの一人としてどうあって、どうしていくか
という宿題を頂いたように思います。

〈感想2 Oさん〉
昨日は大変貴重なお時間をいただきまして、誠にありがとうございました。
村山先生と直接お話が出来たことを、とても光栄に思います。
村山先生が切り開いてくださった様々な分野があるおかげで、我々は生きて
いるんだな、と強く実感いたしました。
私は、昨日の先生のお話の中で、特に心に残ったのが「連携」についてです。
私は海外生活が長いので、残念ながら公認心理師は受験資格なしとなってし
まいました。しかし、ダメもとで現任者講習会に参加したのですが、そこでは
「連携」がひたすら連呼され、強い違和感を覚えました。
このような時代の中で、村山先生が、連携とは人間同士の信頼関係である、
とおっしゃった瞬間に、目から鱗が落ちました。かけがえのない大切な真実
を学ばせていただきました。
今後も先生の貴重な教えを胸に、精進したいと思います。

〈感想3 Kさん〉
短い応募期間の割に多くの申し込みがあり、この研修会へのニーズの高さを
改めて感じました。
特に、村山先生のお話は組織論とか技法論とかを超えた研究者―実践家とし
ての生き方、哲学の重要性をお示しいただいた大変感銘深いものでした。
皆様食い入るように聞いておられました。
ありがとうございました。

〈感想4 Ýさん〉
実は、来年度からスクールカウンセラーを再開することにしたので、全国研
修会に参加しました。
“黒船襲来”と称された時期から今日まで、学校臨床をワーキンググループ
の代表として開拓してこられた村山先生の熱い語りぶりが印象に残りました。
「共に創っていこう」というメッセージ、
形だけのマニュアルではなく人と人との関わりを通した柔軟な対応の重要性、
そして、最後の“the next one”はカッコよすぎでした。
まだまだ先を見据えて、もうすでに歩み始めているというような印象を受け
ました。
窪田先生からの花束贈呈のシーンは、思わず目頭が熱くなりました。
素敵でした。

〈感想5 Oさん〉
こんにちは。
全国研修会が盛会のうちに幕を閉じ、ほっとしてひと段落しましたね。
福田先生、京都の先生方、登壇された先生方、向後様、皆様、お疲れ
さまでした。
時代の転換期を表現する構造が、出席者にも認識されて印象深く伝わっ
ていくことを期待したいと思います。
その象徴として、村山先生のお話は、私どもがこれまで築いてきた基盤
となるものの本質を振り返り、今後を考えていくうえで数多くの示唆を
与えていただくものとして、貴重なご講演でした。
学校臨床を開拓し歴史を作りあげてきた道筋における、村山先生の開発
・研究・実践への気概を改めて認識させていただきました。
記憶に残る講演になることと思います。ありがとうございました。

Y 終わりに
ありがたいことに まだメイルで感想が届いています。
出来るだけ早く講演の記録を作成してまとめておきたいと思っています。

2

2019/8/18 | 投稿者: shoji

SHOJIです。

<はじめに>
人間にとって、だれもが、自分の人生を自分らしく生きることができること
が、最も大切である。憲法が保障していることである。
これは平和だからできるが、戦争はこれを破壊する。国益と正義という名目
のもとに。だから戦争は絶対にあってはならない。

最近、憲法改正、戦後体制の終結など、日本はどこかきな臭い道を歩み始め
ている感じがして、YHさんの文章に共鳴している。また抹茶さんがお父さん
の戦争体験について書いてくれたことに勇気づけられました。
そこで私の戦争の傷跡体験、つまり「学童集団疎開体験」をチョット書いて
みる気になりました。

<いつも腹をすかせていた一年半>
私の戦争傷跡体験は、「学童集団疎開」がすべてである。
「学童集団疎開」とは、昭和19年頃から激しくなった米軍のB29戦略爆撃機
による東京空襲を避け、東京の学童を(3年生から6年生まで)学校単位で田舎
に移動させ、先生と一緒に生活と勉強をさせる措置であった。
いわば長期合宿体験である。「縁故疎開」といって親戚に行くことも出来た
が、私の両親は、「集団疎開を選択したんである。

かくて私は、昭和19年8月15日から昭和20年10月まで、東京台東国民学校
3年生として、福島県大沼郡西山村に疎開児童として生活することになったの
である。会津只見線の「滝谷駅」にある「滝之湯旅館」を学寮として、200名
の男子学童と共に集団生活を送った。10人ほどの教員と5人ほどの寮母さんが
世話をしてくれたのである。

冬は2bを越える積雪があり、夏は滝谷川の鮎釣りなど、「奥只見の秘境」で
ある。現在なら素晴らしい休養地であり快適に過ごすであろう。結婚後、尚子
と二人で学寮と寮母さんの五十嵐さんを訪ねたことがある。五十嵐さんは現在
でも年賀状の交換をしている。しかし、今思い返しても、楽しい思い出はない。
なつかしさはあるが。

<どのようにして飢えをしのいだのであろうか>
想い出すのは、空腹で、いつも飢餓感に悩まされていたのであった。
食は生きる根源でもあるのに、めしはどんぶりの底にチョット、あとは味噌
汁、たくあんである。食事はすぐ終わる。集団部屋に帰って、「いやじゃあり
ませんか軍隊は。金の茶碗に金のはし、仏様ではあるまいし、一膳飯とは情け
ない」とやけになって、この替え歌を、仲間と一緒に歌ったり、半ば泣きべそ
をかいたりしていた。「江戸っ子がこんな芋の飯食えるか」とやせ我慢して叫
んでいたやつもいた。お金があっても物がない時代であった。教員は食料の
買い出しに必死だったとも聞いていた。それでもこの程度でした。食糧不足で
お金で食料を買えない時代だったのである。私が飢えをしのいだいくつかを
書いておく。
@「青くび大根」を失敬する。
6年生とチームで、夕方に農家の畑で、大根を引き抜いてくる。「泥棒」である。
あの青首大根の甘い食感は今でもよく躰が覚えている。
A 生栗を食べる
宿泊施設の裏手の山に大きな栗林があった。これは村有のもの、盗みではない。
だれでも許可なしに拾っていくことが出来た。6年生とチームで拾いにいく。
これは楽しかった。直径5センチ位の棒の先を尖らして持っていき、栗のイガ
を踏みつけて、むく。木をゆすって、栗を落とす。こうして拾った栗は教師達
に全部提供する決まりになっていた。これをゆでて乾燥して、食料にするため
である。ゆでて干しておくと、「勝ち栗」とよんでいた。しかし、教師達に
提供しない部分を隠して、部屋に持ち込むのが通例であった。消灯後、ナイフ
やカミソリで皮と渋をむいて、こっそり食べるのである。耳をすますと隣の部
屋から「がりがり」といった音が聞こえてきたりする。「みんなやってるな」
と、ほくそ笑んでいた。各班それぞれこっそり内緒で、食べていたのである。
ネズミのような生活である。生栗は甘くはないが、硬く、こりこりした歯ごた
えは、空腹感を満たしてくれた。おかげで今でも、私の右足のすねには、おで
きの傷跡が残っている。生栗を食べると出来る吹き出物と寮母さんが教えて
くれた。
B 風邪薬は「アブラゼミ」を炒ったもの
私たちが風邪を引くと、角田さん(年配の寮母で保健師さん)がフライパンで
アブラゼミの羽をむしって炒ってくれ、塩味を利かせて、出してくれる。
「カルシューム剤」とのことだった。魚の塩焼きを食べるように、頭を取って
セミの鳴き袋とお腹のあたりを食べる。塩味が効いて、何とか食べたものであ
る。何でも食べなければ、死んでしまうのである。「うまい」「まずい」など
贅沢な話である。
C 食べれる草はなんでも食べた
やまいも、のびる、うど、スカッポ、いたどり、うるい、サツマイモのつる、
カボチャの葉っぱ、グミの実、つつじの花の蜜、しいのみ、ふき、ふきのとう
など食べられるもので教えてもらった野菜類は何でも食べた。

<食こそすべて>
国家の戦争中のスローガン「ほしがりません、勝つまでは」では、空腹は癒や
せない。私は栄養失調で、髪の毛は薄くなり、足はむくんでた。当初200名いた
学童は90名に減ってしまった。病気などで、縁故疎開に切り替えた人が続出し
たのである。
こうして、私の疎開生活は、空腹との戦いであった。いまから思うと、心理的
飢餓感もあって、たくさん食べても空腹感が無くならないのである。私は昔は
「一膳飯が大嫌い」であった。「もうこれ以上ない」と思うと、落ち着かない
のである。たくさんあると、がつがつ食べたくないのである。
これは疎開PTSDとでも表現したくなるほどであった。
       
         
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