児童・生徒が自らの命を絶つと「いじめ」ではなかったかとニュースになり、学校関係者や家族はマスコミの餌食?となり、対応に追われることになりそうです。ひどい時は「繰り返される不快な問い」で、ニュースを見て“関係者いじめ”ではないかと感じることさえあります。
学校という集団では、個々の個性が全て思い通りに生かされるとは限らず、摩擦や他の人との関係でストレスを抱え、集団の中で1人弱い人がいると不満のはけ口にされる可能性があります。
つまり、悪口や嫌がらせの対象にされてしまうと、弱い人への偏見から「うわさ」としてばらまかれ、事実であるかどうかは関係なく多数 対1人という状況が作り出され、声の大きい人を中心に、気楽な気持ちで「いじめ」が始まって、加害者と言う意識は低く、抵抗できない状況ができたりします。
学校だけでなく、企業や一般社会、町内という集団でも同様に感じることさえあります。当然、企業の上司が気付かず行えば「パワハラ」でしょうし、男女が行えばセクハラでしょう。
いずれにしても小集団の中でのこと、視野を外に向けることができれば、いろいろな考え方が理解でき、解決方法も見つかると思います。己を強く信じ、狭いところでも目標や生きがいを見つけ出し、行動することで自信を持つことが大切だと思います。
大学、高校でも体育会系クラブでは「しごき」と称して昔から存在する厄介な行いで、傷害の結果 死に至った場合もあります。「窮鼠(きゅうそ)猫をかむ」という言葉があります。どんなに弱い人でも、時には果敢に行動すべき時は、強く抵抗することも必要です。
ただし、子どもの場合は学校や教室がすべてで、人生経験が少なく「いじめ」は「虐待」と同じほどハードな出来事で、頭の中はオーバーヒート寸前でしょう。
どこへも行き場のない 追い詰められた状況を理解して、アンケートだけに済ますのではなく、家族や教師が定期的に相談できる雰囲気作りから始め、児童・生徒が自ら命を絶つということを、何としても くい止めねばなりません。

3