そもそも安全に暮らしたければ、安全率を大きく計算していれば危険を回避できそうです。しかし、過度な安全率が計算されていれば“ムダな”日々を過ごすことです。
安全率の計算式はありますが、確固たる理論や理屈、原理原則があるわけではなく、時代とともに係数は変化しています。計算された安全率が自然の影響に対して成功する場合と災害を受けて失敗する場合があり、繰り返して得られる経験値の積み重ねから来るノウハウだからです。
例えば、基礎地盤を評価するときに、標準貫入試験結果のN値を用います。この値も先人が地盤を簡単に判断するために、膨大なデータ(経験値)に基づいて評価指標としたものです。
原子力規制委員会の安全性に関する考え方は、福島原発事故の経験から大幅に安全に対する考え方は厳しくなって、電力会社も経済性について大いに検討がなされてきたようです。
関西電力大飯原発の運転差し止めを求めた訴訟の控訴審判決が行われましたが、1審の判決を取り消し、請求を棄却しました。つまり「安全性という技術的な問題を含む原発の当否を司法で行うのは、役割を超えている」とし、裁判では判断しない姿勢を示したものでした。
一般的に「安全率」の数値は、使用する側が学会などで定めた公の値を納得して使い、物事が進められます。過去に、建築家が強度計算中の安全率をごまかして業界が大騒ぎになり、建物を取り壊すなど事件になったことがあります。(姉葉事件)
安全率といえば、アンウィンとカーデュロの古典的な求め方や、統計による安全率、化学物質の安全率、航空宇宙の安全率の求め方など多岐にわたり用いられています。
飛行機などの安全率は、機体重量に直結して1.15倍〜1.25倍で、経済性の悪化につながるため、徹底した品質管理と機体整備に時間とお金をかけているようです。
また、人間が使う薬品に関しては、いろいろな実験を繰り返しながら、100倍という安全率をかけているようです。
「絶対安全」と言えば、不経済なことになるのは明かで、どこで「安全と経済性」で折り合うかと言うことでしょう。
中部空港にて

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