全国で市町村合併が行われた時代(2005年・平成17年4月にスタートした市町村の合併の特例などに関する法律)に基づき、岡崎市も額田町と合併して10年が経過しました。
岡崎の中心市街地から車を30分ほど東方向へ走らせると、どうしてこんな山奥に家があるのだろう、不便だろうなと思うことがあります。
岡崎市内といっても、学校やコンビニエンス・ストア、医院など、公共の施設から遠く離れた山あいの地に、ひっそりとたたずむ集落があり、人々が暮らしているのです。
なぜでしょうか、答えは簡単です。戦前までは山の奥に暮らすことが便利だったのです。材木を切り出し、木を植え、炭焼きや田畑を耕して自給自足の生活が当たり前で、山や田畑の仕事があって、豊かな暮らしが成り立ってきたのです。
昔、山あいの地に人があふれていたのは、現代のように作業が機械化されてなく、農業や林業に人手がかかる職業だったからです。
市街地に暮らす偏った現代の価値観で「不便だろう」と見えただけなのです。いま、数百年間続く山あいの地の風習や、人々の伝統的な暮らしが、急速な時代の変化に消えてしまいそうなのです。
戦後、掃除機、洗濯機、炊飯器など、家事が楽になったことと、安い輸入木材や大量生産による品物が現れるようになって、人々は自動車工場などへ働きに出て、地元を離れてしまったのです。
山あいの地に残ったのは高齢者で、ほそぼそと田畑を耕し、年金を頼りに暮らしていく人で、地方創生の政策とは縁遠い人たちです。
地方創生で、昔のような暮らしを山あいの地に戻すことは、ほとんど不可能ではないでしょうか。この地で人口の回復をしようとするなら、暮らしが成り立つ独立独歩の精神と経済的支援が必要です。
山あいの地で暮らすには「活力ある資源」を見つけ出し、それを発展させることのほかに,今より人口の増加は見込めないと思います。

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