新学期が始まって、高校に入ったばかりの子供を持つお母さんは、毎日の弁当作りに悩んでいる頃ではないでしょうか。
特に運動クラブに所属する成長期は、腹が減って仕方ないのは私も経験があります。夕方、家に帰るとキャベツを腹いっぱい、山盛り食べたことをおぼえています。
私が小学校に入る昭和20年代後半ころから学校給食が始まりましたが、進駐軍お奨めの脱脂粉乳とコッペパンが主で、アジのフライかクジラのベーコンが付いた昼食で、このコンビは今でも大好きで、懐かしい昼飯です。
日曜日になると、クラブ活動で遠征試合があるたびに、母が作る弁当は大きな握り飯2つと湯で卵、そしてソウセージ1本が定番でした。
普段私の弁当箱は、「ドカベン」で・・・といってもこの意味は、現代使われている野球選手の「ドカベン」ではなく、「土木作業員が用いている大きな四角の弁当箱」を意味していました。
学校へ毎日「ドカベン」で弁当を持って来るのは農家の子どもたち、ご飯の上はハンペイ2枚が載り、タクアンと梅干しが添えられているのが昼飯で、日清紡績の子(日清紡績に親が勤める子)はブック弁当箱に、ご飯よりオカズが多い華やかな弁当で、うらやましかったものです。
私の息子達が高校へ通う頃は、長男がバスケットボール、次男は陸上競技をしていて、母親が具の入った大きな握り飯を持たせていたのを覚えています。市販の握り飯3倍はあろうかと思われるものでした。
お弁当は、内容ではなく「愛」を感じて食べるほど消化が良く、おいしいものだと思ったものです。

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