前出の岩内町の商店どさんこ・桜井≠セ。
そのどこが怪しいかというと、見た目が非常に怪しいのだ(笑い)・・・写真を見て頂くと一目瞭然・・・ではある。
キャンプ地の積丹町野塚から泊を抜け岩内町に入ると大きな交差点に出る。そこをさらに100メートルほど直進すると周囲の街並みとは明らかに違う商店が左手に見えて来る。その店は強烈な個性を放っている。やはり、目立つということは時として大切なことだ(笑い)。
ハンドルを握りながらチラッと横目で見るとなにやら古道具屋の雰囲気である。その店構えがどうにも気になりノレンをくぐった。中は少し薄暗く良く見えない。目をこらすと元飲食店のような作りである。右手にカウンター、左手は小上がり、そうして様々な厨房器具などが雑然と置かれている・・・そうして、その奥には・・・これ以上はご自分の目で確かめることをオススメする。百聞は一見にしかずであはる(笑い)。
店頭にあった茹でたてのトウモロコシと揚げ菓子のスピンを購入し、写真を撮っても良いかと尋ねるとお店の方が快く応じてくれた。おまけに、揚げたてがもうすぐ出来上がるから取り替えますという。何と云うホスピタリティーだろうと感動しつつ外で待つこと15分、待てど暮らせど現れないのだ。それで結局、私は中途半端な日焼けにビーサン、半ズボンにTシャツ&サングラス+坊主頭でどさんこ・桜井の店頭をさらに怪しく賑わす結果となった(苦笑)。
この店は昭和30年台の路地裏の駄菓子屋ではなく、40年代の商店街で流行った新しい駄菓子屋の匂いがある。家内手工業ではなく工場で大量生産されたキャラタースナックやカラフルな菓子、店頭のゲーム機やコイン綿菓子機、とりわけホットストッカーの肉マンの香りが学校帰りの悪童達を惹きつけたあの時代だ。今は昔、懐かしい高度経済成長の思い出の一コマである。
それにしても看板にあった十二支焼き≠ニはどんなものなのだろうか?燃えよカンフーの様に少林寺を出る儀式として龍やトラの紋様を焼きゴテで腕にでも押してくれるのだろうか・・・まさかそんなことはあるまい、などど考えていると答えが判った。お焼きのことである。焼型の鉄板がカウンターの隅にド〜ンと陣取っていた。これは、いわば少林系の古流焼き型というところか(笑い)。
岩内は食料と燃料を仕入れ、銭湯を使うために出向いたのだが、この度の出会いは泊つながりの縁であろうか。
ちなみに、キャンプ場ガイドの岩内町の地図を見るとこの店にはメチャしぶ〜≠ニのコメントが附せられていた。今なら私にはその意味が良く判る。味わうべき佇まいではある。

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