口に虚とかいて嘘。
まさに「口」から出る「虚」事実と異なることがらである。
違う角度からみてみると「嘘」はつくものであり、つかれるものである。
「嘘を言う」という表現を使う場合もあるがやはり「嘘」は「つく」という動詞がもっとも似つかわしい。
この「つく」という動詞は「嘘」という言葉に対してしか使われないのではないかと思われる。
ではなぜ、「嘘」は「つく」ものなんだろうか?
考えてみてもよい答えは浮かんでこない。
嘘をいう人の多い地域の方言で。「言う」のことを「つく」といってたのかなと想像するのが精一杯だ。
はい。お手上げです。
わかりません。
じゃ、次は「うそ」ということについて。
「エイプリルフール」のところでも少し触れたと思うけど、確認するのもめんどくさいし、また新しく書いてみることにする。
「うそ」には人を傷つけるためにつくものと、人を守るためにつくもの、人を楽しませるためにつくものがある。
だから、いちがいに嘘をつくことは悪いことだとは思わない。
たとえば、漫画「ワンピース」のウソップは人を傷つけるつもりで「うそ」は決してつかない。ある意味彼はエンターテーメントで嘘をついている。芸人なども人を笑わせるために「うそ」をつく。
また、人を安心させるためや、勇気付けるためにつく「うそ」もある。
ただこうした「うそ」はばれてしまっては、逆に人をより傷つけてしまう場合もある。
癌であるのに胃潰瘍だと偽ることも、人を安心させ、守るための「うそ」である。
こうした「うそ」は、もし「うそ」だと気付いても、気付かないフリをするのがいい。自分のためについてくれた「うそ」なのだから、ついてくれた人のために、信じているという「うそ」の自分をつくるんだ。
そして、人を傷つけるためにつく「うそ」
詐欺などもこれであるし、人間関係を悪くさせるような「うそ」もある。
こんな「うそ」はよくない。
「うそ」は人を守るためや、楽しませるためにつかないとね。
あぁ、青ちゃん元気かなぁ。

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