2009/1/21  18:17

パパと呼ばないで 主題歌  思い出し話



私は音痴だった。いや、たぶん、今も・・(^◇^) 

でも、大好きな歌はあった。人前で披露した事は一度も無い。

『パパと呼ばないで』の主題歌 「にじ」
作詞:たかたかし
作曲:羽根田武邦
唄 :貝がら


 花は、なぜ咲くの いつか散るのに 陽だまりの中で 
 君は話しかける ちいさなアリにも ああ 夢はあるのかい
 走れ 風の中 虹に向かって 空の果てまでも
 誰かがどこかで 君を愛してる はるかな遠い空
 走れ 風の中 虹に向かって 空の果てまでも
 誰かがどこかで 君を愛してる はるかな遠い空
 



『パパと呼ばないで』の放送期間が昭和47年10月〜48年9月だそうだ。
私が明るく元気な中学生だった頃。
私が覚えている私と、かつての同級生のいう私は微妙にズレがある。
まあ、皆そんなもんなんだろうけど。

厭世観を抱いていた。

何が嫌!というひとつの事があったわけじゃない。
母親が時々入院して、競艇選手の父が仕事で不在がちなので、
小学生の頃は姉弟バラバラに親戚に預けられる事が多かった。
中学の頃には父のいない時は姉弟3人で暮らした。
私を鬱陶しく思ってる娘たちがいて、学校のトイレで鉢合わせすると嫌がらせされた。
友達がいないわけじゃなかった。たぶん、多種多様に多い方だったろう。
でも、「○人で班を組みなさい」と言われて一人余るなら、それは私だった。
荒れてた中学だったから、窓ガラスがしょっちゅう割られて寒かった。
それにもぞう紙を貼るのが学級委員の私の仕事だった。
午後にはまた破られるんだけどね〜。

こういう生活っていつまで続くんだろうなぁ〜って、時々思った。
人生ってこう言うもんなんだろうかなぁ〜って。
辛くて仕方ない時、誰も帰って来ない家に行って泣いた事がある。
泣いても無駄と知った。
誰も、私が泣いた事に気がつかないんだな。何も変わらない。


その頃、この歌を口ずさんでた。音痴でも〜。 
ひょんな所でこの曲の事が出て、
思春期の感傷にどっぷり浸かってた青臭い可愛いワタシを思い出した。
ヾ(≧∇≦*)ゝ ぎゃはは〜!



『だれか』には出会ったのかなぁ〜
それとも、まだどっかで待っているのかなぁ〜

一輝〜!!! 

(;¬_¬) オダジョーはどうした? (^◇^;) いやぁ北村一輝もいいかなって・・



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2008/12/28  22:10

無有の10大ニュース  思い出し話



2008年 無有の10大ニュース

今年もいろいろありました〜!             続きはこっち ↓ 
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2008/8/30  1:36

命日  思い出し話



去年の今日、猫の天が死んだ。

入院治療の甲斐あって良くなってきている様子で、朝には迎えに行く予定だった。
だから、前日の夕方疲れて寝込んでしまった私は、明日の朝には連れて帰るんだからと
そのまま逢いに行かなかった。

天は夜中のうちに病院のケージの中で死んでしまった。

漂白剤のことマタタビのように好きな猫がいるなんて、これっぽっちも知らなかった。
それを天の行動半径の中に置いておいた私が何より悪い。
これはもう、どう言い繕っても変わらない。
だけど、今思うに、何よりも私を責め苛むのは「最期のとき」ひとりぼっちにした事だ。
私自身が受け止め切れなくて、逃げた。
どんなに引っ掻こうが痙攣しようが、家に連れて帰ってやればよかった。
こう思う事自体が人間のエゴかもしれないけどね。
せめて、安心できる場所を選ばせてやれたはずだと思う。

今日はつらい日だけど・・・今から自治会の講座があるし、夕方にはご来島もある。
何とかしのいで過ぎて行ってくれるはずだ。

ん、じゃ!  y( ̄_ ̄*) 



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2007/12/31  21:19

無有の10大ニュース  思い出し話



2007年の無有の10大ニュース


今年はいろいろありました〜!
ん〜、書けへん事もあるけど・・・覚え書きメモだけしとこう。

               続きはこっち ↓ 



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2007/12/24  15:32

ひとりぼっちのクリスマス  思い出し話



クリスマスですね〜! 

ここ数年、ひとりぼっちのクリスマス(真夜中過ぎにつれあいは帰ってくるが)が多い。


〜〜☆〜〜〜☆〜〜〜☆〜〜〜☆〜〜〜☆〜〜〜☆〜〜〜☆〜〜〜☆〜〜

ここまで書いて、グダグダねちょねちょな記事になりそうだったので、方向転換!


ま〜だ、娘と孫たちが内地から帰ってこないんだよ〜!
11月の頭から行ってるから、もう二ヶ月も会って無いンだぞ。
3月末には転勤だから、もう100日を切っているというのにぃ〜。ε- (`へ´)  
何であっちに行ってるかというのは、娘が帰ってきたら自分で書くだろうし、
私がここで書くべきではないから、ちょっとこっちへ置いといて〜。
子離れできてない自分に情けないが「転勤」の事を思うと涙が出てくる。
娘を嫁に出した時も、夜中に眠れなくてシクシク泣けてきて困ったもんだが
今回は本当に、手元からいなくなるわけだから、しっかりしなくてはいけない。


その昔、近所の奥さんたちと立ち話してた時に、側にいた幼い娘が
「こんど、いつ、お父さんくるのかなぁ」と、言って
ピキーンと凍りついたその場の空気に大慌てした事があったが・・・。
毎日ちゃんと帰ってきてるのに、仕事柄週末にしか会えない父と娘。
園の行事が入ると、半月すれ違う時もある。
あの頃、父がこう言った(らいいな)ああ言った(らいいな)と、娘の中で「父」が
希薄な存在にならないように、多少でっち上げて話をしてた。(^◇^) 


当時のつれあいは若くて、今よりずっと家に居つか無い人だったから、
私は自分で思っている以上に、娘に依存して過ごしてきたのかも知れない。



f^_^; あ、いけね。グダグダねちょねちょな記事になりそうだ。
支離滅裂なんで、ここまで!



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2007/12/8  20:07

25年前と同じ  思い出し話




昨夜、すごい事に気がついた!


わたしってば、体重が25年前といっしょになりつつある。

若かった、あの23歳の頃。。。



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           それは・・・ 
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2007/5/30  4:48

パパさん2  思い出し話



その後のパパの話は、ほとんど聞いてなかった。



 『血の繋がらない・・・はぁ? ド・ド・ドユコトデスカ?』

そればっかり、頭の中をぐるぐる回ってた。



結婚してからびっくらこ!って事は多かったが、これほどびっくりした事は無かった。
何日か、事の内容を反芻しながら理解に勤めたが、どうにも解答が見出せない。
仕方ないので、ご本人(ママ)に聞いてみる事にした。



答えは、いたってシンプルだった。


ちょこっと、歳をごまかした んだそうな。


 
 だって、まさかこんな仲(一緒に暮らす仲)になると思わないじゃない。

 はぁ・・・。



昔、ママがはじめてパパにあった時、パパはまだ少年と言っていいくらいの歳で、
ママはすでに「母」だったわけだが、そこんとこプチッとごまかしたらしい。
後年、巡り合った時には二回の離婚の後。
最初に歳をごまかしてるから、パパが亀さんをママの実子と思うわけがない。
「別れた旦那の先妻さんの子供」と言う事になったらしい。ε- (´、`*)  



そんなわけないじゃないかぁ〜!
               ・・っと思うんだけど、不思議なモンでね
「日常」の中で有り得ない様な事が起こっても、それなりに順応しちゃうのね。

後から入った私がぶちまけて「日常」を壊すわけにもいかず・・・
「別れた旦那の先妻さんの子供」が貰った、娘みたいな厚かましい嫁として、
私はそれから同居していくわけです。(^◇^)
今考えると、この時点で、同居を続けてるのが不思議だよね〜。
普通別居するよね。
私って、前を向いてぶつかって行く事しか考えない「イノシシ女」なんだな。


しっかし。
パパはいつまで「その事」を信じていたんだろう。



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タグ: ぎょぎょ!



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