2007/5/29  21:04

パパさん  思い出し話



パパの命日だ。パパが亡くなって何年になるんだろう。
パパは、わたしがお嫁に入った時のママ(お姑さん)のつれあい。
わたしが実家の父以外に、唯一「父」と感じていた人。
いろいろ問題のある人物ではあったけど、偏屈好きの私はけっこう好きだった。


当時一軒の家に三世代同居していた。(その後四世代になる)
ママの実母のバァバ、ママ、亀さん(ママの長男)、弟君(ママの次男・父親違い)、
パパ(ママのつれあい・血縁関係無し)、そして、私。

結婚して同居する事になって、昔かたぎのパパをたてる意味もあったんだろう、
私は毎朝、パパにお茶と新聞を出す役目を仰せつかった。
21才の新婚の小娘である。ねむいんである。おまけに、なんでそれだけのために
早起きしなくちゃいけないのか釈然としない。納得いかない事はやりたくないんである。

「お茶だけ出したら、後はずぅ〜っと寝てればいいんだから。」って、ママは言うけど。。。



 ○○○(私の本名)そこに座りなさい。 


ある日とうとう、パパに説教された。


 ○○○、お前は嫁に入ったのだ。
  21と言えば確かに若いが、お前の有り様は嫁というより、まるで娘ではないか。
  もっとお母さん(ママ)に孝行しなさい。
  お母さんは、血の繋がらない○○(亀さんの事)をひきとり、お前まで一緒に・・・


 ・・・・・え?  




 え"〜〜〜!!!




 
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2007/4/24  15:39

引越し当日  思い出し話



引越しから丸6年が過ぎた。
当時友人に送ったメールに、当時のびっくり体験が生々しく書かれているはず・・
っと、探したが、パソコンが壊れた時に紛失してしまっていた。
今となっては普通のことも、毎日ものすごくびっくりして生活してたから、
そのメールを無くしたのはちょっともったいなかったな。


6年前の2001年4月18日、宮古に着いて不動産屋に電話をしたら繋らなかった。
変だなぁと言いながら、不動産屋を訪ねると閉まっていた。
嘘だろ〜!と言いながら、レンタカーに動物たちをぎゅうぎゅう詰めて、
自分たちが借りたはずの家に向かった。
はじめて見る我が新居は・・・ちょっとびっくりだった。


意外な事に、その家には鍵がかかってなかったので、入ってみる事にした。
おばあさんが住んでいたと言う家には、前年のカレンダーが壁にあり、
家具も生活用品もそのまま置かれていた。
小さな冷蔵庫も洗濯機もそのままあった。
沖縄本島に住む大家さんが言っていた
「何でも好きに使ってください」とのはこの事か・・ヤレヤレ
築25年のはずの柱には「EXPO70」の落書きもあった・・・。何故〜!f^_^; 

板一枚の畳の無い部屋が二間あり、隙間から地面が見えた。
これはその後、いろいろ問題となってくる。(´∀`;) 


相変わらず不動産屋さんには連絡付かないし、どうしたもんかと途方にくれていると、
「あなたたちは誰ですか?」と、女性の声がした。


                                つづく



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2007/4/18  0:18

Iターン記念日  思い出し話



6年前の今日、わたしたちは宮古島にIターンした。

高校を卒業し、島のホテルに就職が決まっていた娘は、一足先に寮へ入っていた。
早くから探していたにもかかわらず、ぎりぎりまで見つからなかった引越し先の一軒家。
やっとの物件に良いとか悪いとか言える状況に無く、下見も無しで引越しとなった。

コンテナ2個分の荷物はフェリーで後から届く。
つれあいと私。犬のひなたとちょび。プレーリードッグの健太と伽羅。
イグアナのグリーンアスパラガス・イグ・サラマンドラ。足の悪い十姉妹のちっち。
これだけのメンバーを車に押し込んで、浜松から大阪へ。そして飛行機で宮古へ。
はじめてみるお家は、コンテナ2個分の荷物が入る大きさではなく、
畳も無い部屋が二部屋有り、板の隙間から地面が見える古い一軒家でした。


                              つづく

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2007/2/5  13:54

その頃  思い出し話



40年も前の話しなわけで申し訳ないが・・・
その頃、体の弱かった母は入院していて、競艇選手の父は各地のレースに出かけちゃうと
10日近く連絡も取れなくなった。レース規定で、家族でも連絡できなかった。

私たち三人姉弟は学区内の親戚にそれぞれ預けられていた。
私は父の姉である、美容室をやってる「隣のおばちゃん」に預けられていたから、自宅のすぐそばで生活していた。
時間はたっぷり有って、あちこち散策したり→  「白い手の話1」  「白い手の話2」 
絵を描いたり、何時間もアリの行列を観察してたりした。


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2007/2/5  0:43

いじめられっこ  思い出し話



最近「いじめ」がクローズアップされてるよね。
いつの世もあるのが「いじめ」なんだろうけど、近頃は「自殺」に結びついちゃうのが
早いような気がするのは私だけだろうか。


で、わたしなんだけど。。。

去年、実家に帰った時に、ひとつ違いの妹から


 「姉ちゃんも派手にいじめられてたもんなぁ」と言われた。

 びっくり!  である。


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2007/1/18  21:42

ミルキーで思い出した  思い出し話



不二家が大変な事になってる。
あそこまでやっちゃうと、叩かれても仕方ないなぁとは思うものの、
子供時代を不二家とすごした感のある世代としては、悲しい事だ。


はるか昔、私が幼稚園の頃だ。

私は男の子の友達の方が多いタイプだったんだけど、けんかして
はやし立てられる時に、本名をもじって「ミルキー」と言われた。
今考えると全然嫌なあだ名じゃないんだけど、どんな言葉も
「悪意」がトッピングされると急に嫌な言葉に変わってしまう。
たぶん、取っ組み合いになったと思う。よく覚えてないけど。


一番最後に覚えてる取っ組み合いのけんかは、小学3年か4年生で
私の持ち物を隠したクラスの男の子と、通りでやらかした。
近所のおっさんに「車に轢かれるやろ!」と引き離されたのを覚えてる。


なんかね、こうやって何かの拍子で思い出すとね、私の思っている私と
思い出した私と、違う人みたいにかけ離れてるんだよ〜。


私の思い込んでる小学生の私は、学校代表とかクラス委員とかする、
わが人生で最も賢かった優等生なんだけどなぁ。。。なんでかなぁ〜。。。



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2007/1/4  21:01

初春の札  思い出し話



うちのつれあいが欲しがってた 魚カルタ(ととかるた)

年末に亀の子タワシがプレゼントしてた。
へぇぇぇ〜! 可愛いとこあるじゃん。

   クリックすると元のサイズで表示します
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かっこいいデザインでしょ〜!


今日、NHKの芋たこなんきんで「正月のカルタ遊び」で「百人一首」をやってたが・・・
子供の頃って百人一首ってやった?

うちは「坊主めくり」やったような気がするねんけど。。。 f^_^; 

               あとね・・・
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