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2008/7/27

大河ドラマ『篤姫』第三十回「将軍の母」  『篤姫』道

原作:宮尾登美子「天璋院篤姫」
脚本:田渕久美子
音楽:吉俣 良
テーマ音楽演奏:NHK交響楽団  テーマ音楽指揮:井上道義
演奏:弦一徹オーケストラ  題字:菊池錦子
時代考証:原口 泉、大石 学  建築考証:平井 聖  衣裳考証:小泉清子  脚本協力:田渕高志
撮影協力:鹿児島県、鹿児島県鹿児島市、茨城県つくばみらい市
所作指導:西川箕乃助  武術指導:林邦史朗  書道指導:望月暁云
御所ことば指導:堀井令伊知  京ことば指導:井上裕季子  薩摩ことば指導:西田聖志郎
資料提供:德川記念財団、尚古集成館、伊牟田志香人、野本禎司、竹村 誠
語り:奈良岡朋子

出演:宮﨑あおい(天璋院)、瑛太(小松帯刀)、堺 雅人(徳川家定・回想)、小澤征悦(西郷吉之助)、原田泰造(大久保正助)、松田翔太(徳川家茂)、三宅弘城(伊地知正治)、平山広行(有村俊斎)、宮地雅子(初瀬)、大林丈史(長野義言)、俊藤光利(大山綱良)、谷本 一(間部詮勝)、武智健二(奈良原喜八郎)、真島公平(西郷吉次郎)、水谷百輔(西郷信吾)、中川真吾(島津忠義)、中山克己(島津豊後)、本田清澄(新納久仰)、的場浩司(有馬新七)、中嶋朋子(重野)、佐藤藍子(小の島)、高橋長英(月照)、稲葉さゆり、細川あゆみ、片山美穂、三国由奈、赤坂美穂、澁谷晶己、纐纈玲子、吉沢志央、西村いづみ、上田由宇、植原健介、若駒、テアトルアカデミー、キャンパスシネマ、フジアクターズシネマ、劇団ひまわり、エンゼルプロ、稲森いずみ(滝山)、山口祐一郎(島津忠教)、星由里子(村岡)、涼風真世(お由羅)、長門裕之(島津斉興)、中村梅雀(井伊直弼)、松坂慶子(幾島)

制作統括:佐野元彦
プロデューサー:屋敷陽太郎  美術:山口類児  技術:市川隆男  音響効果:柳川起彦
撮影:安藤清茂  照明:新藤利夫  音声:壇 寛弥  映像技術:宮坂裕司
記録:水島清子  編集:佐藤秀城  美術進行:山尾 輝
演出:佐藤峰世




安政5年(1858)7月21日。
次期将軍となる紀州慶福は江戸城に入り、家茂(いえもち)と名を改める。
家茂の後見役として、出来るだけのことをするつもりだと言う天璋院だったが、幾島は井伊大老がそれを認めていないと水を差す。天璋院は自分にとって何よりも大事なのは生きていくための希望だと言う。
幾島が話を切り出そうとした瞬間、初瀬が部屋に戻ってきて天璋院に会いたいという家茂の希望を伝える。天璋院は「すぐに参る」と微笑んで対面所に向かう。
武家の棟梁たるにはあまりに若く未熟者であり、天璋院の力添えを願う家茂。天璋院も家茂のよき後ろ盾となることができればと念じていると言い、表の政についてもともに学びたいと伝える。
滝山に、家茂は用も多くたやすく来ることも出来ないと言われた天璋院は、「なんじゃ。つまらぬ」とがっかりした表情をする。その天璋院の表情を見た家茂は、まるで若き娘御のようだという噂通りだと言う。天璋院に「髪まで切った女子にか」と言われて家茂が悄然とすると、中臈たちから笑いが起こる。


家茂、この時13歳。
確かにあまりに若くて未熟者ですわな。

井伊と面会する家茂。
恥ずかしくて母と呼べなかったと照れ笑いをする家茂に、井伊は確かに天璋院は聡明で大奥を統べる器量を備えているが、薩摩の出だということを忘れないように言う。一橋派である天璋院がこの先、何を仕掛けてくるかと案じる井伊に「あの方はそのような方ではない」と家茂。井伊は続けて、天璋院は表の政に口を挟みたがるので家茂のところで食い止めてもらいたいと言う。
家茂は目を逸らし、部屋を出て行く。
天璋院は菩薩像を見ながら、家定の言葉や自分が幾島に言った言葉を思い出していた。
次の間で花を生けていた幾島も天璋院の言葉を思い出す。


あ、そうか。家茂は家定の養子になったから天璋院は義母となるわけですね。
義母との禁断の恋もありえなかったんですかねぇ(笑)。

そして9月。井伊は朝廷を煽った者ばかりではなく、わずかでもかかわった者はことごとく召し捕らえるように命じる。
幕府に異を唱えた者は京で次々と捕らえられる。
世に言う「安政の大獄」の始まりだった。
その追及の手は月照や西郷にも及ぶ。
月照の泊まっている旅籠に西郷、有馬新七、有村俊斎が顔を揃える。新七と俊斎は京の様子を探りに来たが、幕府の捕り手ばかりで身動きが取れないでいた。
村岡は西郷に、月照を奈良にいる近衛の知り合いまで連れて行って欲しいと頼む。俊斎は同行すると言い、新七は各藩への密書を携えて江戸に向かうと言う。
翌10月。薩摩では斉興がお由羅とともに帰ってきていた。
斉興は政に欠かせないのは、よく切れる頭とよく切れる刀だとして、刀の役目を家老の島津豊後と新納久仰(にいろひさのり)に任せると言う。更に斉興は斉彬のやり方を批判し、集成館その他をことごとく破却すると宣言。忠教には、愚かな兄と同じ轍を踏まないように言う。
10月も終わりに近づき、井伊の厳しい追及により西郷たちは逃げ場を失いつつあった。
薩摩。大久保が帯刀に西郷からの文を渡し、月照を逃すため京を出たが、幕府方の監視の目が厳しく奈良には行けず、大坂から船で下関にたどり着いたようだと報告する。
文を読み、西郷たちが薩摩に向かっていると知った帯刀は、とにかく出来る限りのことをしようと大久保に言う。
江戸城。天璋院は密書を読み、火鉢で燃やす。
幾島から追及の手が近衛のために働いた者に及んでいると聞き、斉彬のために手足となって京と江戸、薩摩をめまぐるしく行き来していた西郷の身を案じる天璋院。


あー、安政の大獄、懐かしいっすねぇ。
もっとも井伊直弼が関わっていたことぐらいしか覚えていませんが。なぜその事件が起きたかは二の次でとにかく暗記させる日本の歴史教育の弊害ですな(笑)。

家茂は井伊を呼び出し、密勅に関わった者を片端から捕らえては厳しく詮議し、果ては拷問にかけているのは本当かと問い質す。井伊は取り締まりは本当だが、それは幕府による政を守り抜くためだと答える。
家茂はこのことについての天璋院の考えを聞くために大奥に向かい、井伊も天璋院に聞きたいことがあるとついてくる。井伊は先だって朝廷に不穏な動きがあり、それに薩摩藩士の西郷吉之助が関わっていることが明らかになってきたと言う。西郷の居場所について心当たりがないかと尋ねられた天璋院は「知らぬ」と即答する。
今回の密勅の件は朝廷が幕府に仕掛けた戦と見ているという井伊は、不逞の輩はことごとくつぶすべしと持論を展開し、今や大御台所である天璋院には徳川宗家のことを第一に考えなければいけないと言う。天璋院はそれは家定にも誓ったことだと言い、もう一つの誓いも果たすつもりだと答える。
天璋院が家茂にその誓いについて説明しようとすると、井伊が天璋院を煩わせることはなくなったと口を挟み、後見職として田安家の慶頼が選ばれたと言う。
だが、家茂は天璋院が後見役となることは家定の遺言であり、それにも従わねばならぬとして、将軍となってからもお世話になり教えて頂きたいと言う。
天璋院は幾島に西郷に疑いがかけられていることを話す。
そこへ大奥から下がることになった初瀬が挨拶に来る。
天璋院に労いの言葉をかけられた初瀬は、目に涙を浮かべ礼をして立ち去る。
周りの者が去って行く寂しさを感じる天璋院に、御台所から大御台所になったのだからそれは避けようがないと言う幾島。
庭を見る天璋院の目に、噴火する桜島が浮かんでくる。


初瀬さんもこれでお役目御免ですか。
この次は幾島の番ですな…。

ようやく薩摩に着いた西郷は月照の保護を斉興に願い出たが、縛られた月照とともに物置部屋に閉じ込められる。斉興は西郷と月照を永送りにするように命じる。永送りとは西郷に月照を殺させることを意味していた。
帯刀は忠教に両名を永送りから救うように頼み込む。忠教はそうしたいが、斉興が藩の実験を握り、幕府が一橋派への追及の手を緩めない今、その両名を救う手立てはないと言う。帯刀は西郷がこの後の薩摩になくてはならない人物だと粘るが、忠教は「許せ、帯刀」と答える。
夜。帯刀と大久保は西郷のいる旅籠へと向かう。風呂敷包みを手に中へ入る帯刀。
帯刀は旅籠から港までの図面を見せ、近々騒ぎを起こすから何とか抜け出すように言う。下関まで逃れたら匿ってもらえることになっていた。西郷はこの御恩は忘れないとしながらも、帯刀に累が及ぶかも知れないからとすぐに立ち去るように言う。
その夜遅く、2人は錦江湾を舟で渡り、日向との国境へ送られることとなる。
舟の上で月照は西郷に手を出すように言う。西郷が手を出すと、月照は預かっていた命を返すと言って自分の手を西郷の手に重ねる。今度は自分の命を渡す番だと言って数珠を手に水面を見つめる。西郷は月照だけに逝かせるわけにはいかないと2人で海に身を投げる。
西郷が死んだと聞かされた仲間や弟たちは憤慨し、斉興や家老を叩き斬ると息巻く。そこへ大久保がやってきて、西郷が助かったと伝える。
浜辺の家。横たわる西郷を見つめる帯刀。一同もそこに駆けつける。
西郷は助かったが、月照は遺体となって発見された。西郷は一人だけ生き残ったと背中を向けてむせび泣く。
小の島は幾島に、西郷が奄美大島に送られるようだと言い、それまでの子細を書いた紙を渡す。西郷は生きているなら幕府に身柄を渡さなければならず、命を奪えば西郷を慕う者たちが騒ぎを起こすため、死んだことになっていると小の島。
それを聞き、「薩摩は随分と様変わりしたようじゃのう」と言う幾島。
斉彬の命で動いていた小の島も役を解かれることになり、これが最後の務めだと言う。
幾島は天璋院に西郷の件を伝える。
「西郷が生きてくれているのはそれだけで希望じゃ」と天璋院。


そして12月1日。家茂は将軍宣下を受け、正式に14代将軍となった。
家茂と天璋院は庭の梅を眺める。
段差につまづいた天璋院に「母上様。大丈夫ですか」と言って助け起こす家茂。
母上様と呼ばれたことに驚く天璋院。
家茂は前から言おう言おうと思っていたと言い、「これからは母上様を他に代わるものなき家族としてお慕いし、お守りしていきたいと考えております」と伝える。
天璋院は家族を残したいと言っていた家定の言葉を思い出し、「私は一人残された訳ではなかったのですね。あなたという…新しい家族が出来たのですね」と涙を流す。それを見て、幾島たちも目に涙を浮かべる。


家定との間に子供が出来なかった天璋院に取っては、「母上様」と呼ばれたことはこの上ない喜びだったでしょうね。でもやはり役者の実年齢が近いだけに違和感がありますが(笑)。

その一方、京では新たに多くの者が捕らえられていた。
しかしこれはまだ大獄の嵐のほんの前触れに過ぎなかった。
天璋院は家茂がりりしくなったと言い、「私にとっては家茂様も希望なのじゃ」と微笑む。
幾島は重野を呼び、天璋院付きのお年寄としたいと言う。重野は長く表勤めをしていたため、井伊の動きなどもつかみやすくなると幾島。天璋院もそれはありがたいと重野によろしく頼むと言葉をかける。
重野が下がった後、天璋院が色々と考えるものじゃのうと感心すると、幾島は天璋院の前に座り直して話がもう一つあると切り出し、「幾島、この辺りで大奥から下がりとう存じます。お暇を頂きたいのでございます」と言う。
本来なら役目を果たせなかったときに去るべきだったという幾島は、役目を果たせなかった自分をどうしても許すことができないとその理由を述べる。幾島は天璋院は天璋院としてやるべきことをおやりになったまでのこととして、自分を責めるのは止めるように言う。
更に幾島は家茂が城に上って心より安堵しているというが、そう思ってしまう自分も許すことが出来ないと意志が固いことを示す。
幾島が立ち去った後も、涙を流し続ける天璋院。


遂にこの日が来ましたねぇ。
ところで、天璋院となってからの衣裳はなかなか落ち着いていていい感じ。
メイクもちょっと大人っぽく変えてますね。
しかし天璋院となった後も「篤姫」というタイトルはどうなんだ?(笑)


「篤姫紀行」
〜紀伊徳川家の城下町〜和歌山県和歌山市
和歌山城、市堀(しほり)川、「紀伊国名所図会」(和歌山市立博物館蔵)、時鐘堂、番所(ばんどこ)庭園、紀州東照宮
語り:内藤裕子アナウンサー  演奏:吉俣良×千代正行
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