私が生まれる遥か昔
鳴門市南浜という地で小川醫院という小さな診療所がありました
祖父が開院し小さな小さな診療所でした
鳴門には「浜」と付く地区が点在する
北浜、南浜、東浜、浜田・・・。
想像するに塩田跡のなごりだろう
昔は日本全体の20%の塩を鳴門で作っていたそうだ
平成28年1月31日
ながい、ながい、南浜での歴史に幕を閉じ
翌2月1日 500M北側の斉田という地区で
きっと、一番最初の診療所の100倍はある
内科系の総合病院に新築移転した
この日、60人の入院患者さんを新病院に搬送する
この病院にとっては過去に例のない大仕事が行われた
その搬送風景を写真に収める機会に恵まれた
重傷者は医師が同乗した救急車で搬送し
一般の入院さんも看護師さんが付き添うようにし
ストレッチャーまたは車いすでお一人、お一人
声かけをしながら丁寧にワゴン車で運んで行った
職員約80名、医師も看護師もケアマネも事務方も大きな声で確認しながら
仕事をこなしていった
患者さんを「こんなに大事にしている」と感謝の気持ちがこみ上げてくる
ふと病院の窓から外の風景を眺めると
「もうこの風景を見ることはないのか」
と18年間育った場所、14年間働いた場所・・・、
何かこみ上げてくるものがある
旧病院は父が少しずつ患者さんの要望に応える形で
大きくなっていった
「病気が治っても家に帰れん人がいる」
「内視鏡がいる。CTがいる」
「15歳から勤めてくれた看護婦が定年じゃ」
「治って当たり前、亡くなったら何言われるか分からん」
「銀行がお金を貸してくれん」
私、兄、弟は昼夜仕事をする父を見ながら育った
兄と弟は父の背中を追った
新病院は父が
「この場所で新築しなさい」と言い残して
この世を去った。
そして完成した病院は患者さんとそこで働く人に優しい作りとなっている
外からのデザインも「病院」「病院」してなくてシンプルで都会的
これは兄と義姉の努力
これからの新しい歴史を刻むには最適な場所だろう
「病院は大きくなっても町医者が原点」
「医師も看護師、医療スタッフも患者さんに教えてもらいながら成長する」
天からそんな声が聞こえたような気がする


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