訃報
「耳で撮る」
新潮社発行の写真集に400ページのぶ厚い本がある。タイトルは「新宿」
ゴールデン街や歌舞伎町の人たちが主人公になっている写真集だ。
撮ったのは渡辺克巳さん。
あの頃の新宿は「あやしい街」「あぶない人」そんなイメージがつきまとうが、渡辺さんの撮る写真は怖いお兄さんさえも、やさしい顔に変えていく。
とても気に掛かる写真集の一つだった。私がまだまだ駆け出しの頃のはなしだ。
時が流れて、朝日新聞に出入りさせてもらってたとき、渡辺さんと出会った。
年に一度のアエラ編集部の忘年会。ジャーナリストとカメラマンの大宴会だ。(このとき事件が起きたらどうすんだろう?)
お酒が大好きな渡辺さんはいつもニコニコしながら周りの人と楽しく語らっている。この集団ではダントツに若い私にも気さくに話しかけてくれた。
大先輩であり、ドキュメンタリー写真家の大家が話しかけてくれる。緊張した。どんな大物タレント、大物政治家を撮るときより緊張した。でもその緊張は一瞬で吹き飛んだ。何処にでもいる「おもろい、おっちゃん」だった。
思い切って疑問をぶつけてみた「あんな恐い人、どうやって笑わせるんですか?」
答えは「カメラなんか出したらだめだ、辛抱だ」「とにかく聞くに徹する。」
実際に全くシャッターを押さない時も多々あるようだ。
相手の中に、自分が自然に存在する。それまで写真は撮らないそうだ。
とても根気と時間がかかる作業だ。しかしその写真の持つ力はとてつもないものとなっていく。
私がカメラマンになった頃、マシンガンのようにシャッターを切るスタイルが主流だった。たった一枚の写真のために何十回、何百回とシャッターを切っていた。(何せバブル期の広告だから)
だからこそ、ワンチャンスにかけるカメラマンの執念が渡辺さんから感じられた。
写真を撮りたい一心で、無神経にカメラを向ける自分が恥ずかしかった。
今日の新聞の訃報欄に渡辺さんの名前を見つけてしまった。まだ64歳だった。
すこしは一枚一枚大事に撮るようになったと思うが、もっと心を込めて撮ることにしよう。


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