北海道大雪山系トムラウシ山と美瑛岳で、10人もの死者を出した遭難があったそうだ。
夏でも氷点下になることがあるという現地の気象は、ヨセミテやシエラネバダ山脈の3000m以上の場所とそっくりだ。
太平洋を挟んだ反対側の母国の事故とはいえ、どこかひとごととは思えない物を感じた。
ニュースを読んだ第一印象だが、これは明らかな人災だと思った。というのも、ちょっと現地の下調べをして、地元の人の話を聞いて、かつ登山の経験があればあんな気象下で登山を強行するわけがない。
ツアー会社と未熟なガイドの判断の誤りによる、 →続きは、人災だよ、こりゃあ、をクリック
完全な人災としか言いようがない。
登山に強行はない。ヒゲ面の山男がでっかい荷物を勇壮に担いで、勘と経験を頼りに山から山を渡り歩くといったイメージは、現代では当てはまらない。
カリフォルニアでは登山やキャンプ、バックパッキングが盛んだが、これらは緻密な計画と下調べの上に、安全第一をモットーに行われる。
途中で引き返すこともあれば、当日に中止することもある。人の命を預かる上で勇気ある撤退を躊躇してはならない。
またアメリカでは、10人以上のパーティーで山行することは滅多にない。みんな自分で下調べをして、自分では歩けないと思うコースへはもともと行かない。ガイドを雇わないといけないコースなんて、もともと参加する人には無理なコースなのだ。
自分でリサーチして、自己の体力や技量に見合ったコースを選べば、そもそもガイドなんて要らない。それをお金さえ払ったんだから、多少無理なコースでもガイドにすべて任せておけば何とかなるでしょう、と言うのは間違いだ。
ガイドが未熟だったり、判断が甘いと悲惨な結果が待っている。
もうひとつ、即座にこういう考えは改めなければならない、と思った日本の山行の悪習があった。
それは何かというと、日本の山岳関係者の間では、パーティーで行動する場合には体力の一番ない人に全体を合わせる、という悪習がいまだに信じられていることだ。
歩くのが遅い人をパーティーの1番前に出して、残りの全体を後ろに従わせてペースを落とす、というやり方は一見全体行動の模範と言うか、美しい助け合いの精神と見られるかもしれない。
しかしこう言う考えは、とても原始的で非効率的、危険な行為なのだ。
今回の事故のニュースを読んでいて、地元の山岳会の重鎮が「パーティーでは、遅い人に合わせて歩かなければならない」というコメントを述べているのを知って、すごく驚いた。
同時に、いまだにこんな危険な歩き方が日本では信じられているのかと、そら恐ろしく失望した。山岳連盟の重鎮がこんな認識しか持っていないのなら、遭難しても当然じゃないか、いや、今後、日本ではますます遭難者が増えるだろうと思った。
どういうことか説明しよう。日本での山岳パーティーの通例には、改善しなければならない点が数点ある。
1)自分のペースを守って歩くこと
10人くらいのパーティーでは、遅れる人が出るのは当たり前だ。この場合、本当はどうすればいいかというと、まずそれぞれに自分のペースを守って歩いてもらうことが大切だ。
歩く速度も給水のタイミングも、遅い人に合わせるのではなく個人個人のペースを守らなければならない。でないと、かえって体力を失う。
2)早い人は前に、遅い人は後ろに
人のペースに合わせて歩くことほど、疲労がたまることはない。休みを入れるタイミングも、水を飲む頻度も個人個人違って当たり前なのだから、早い人にはどんどん早く歩いてもらって、遅い人はどんどん列の後ろへ回ってもらう。
遅い人に全体のペースを合わせて歩くと、早く歩ける元気な人がかえって疲れてしまい、最悪の場合は全員が共倒れになる。
これは日本人特有の集団行動性、個々を全体に合わせる思想、弱いものをみんなでかばいあう美徳が、ネガティブに働いているのかもしれない。
3)Sweeperを置くこと
遅い人を列の後ろに回すと、当然、隊列は数百メートルに伸びるが、共倒れになるよりはましだ。アメリカでは、そのためにパーティーには必ず一番後ろを「Sweeper(掃除屋)」と呼ばれる人が歩く。
日本でも「殿(しんがり)」と呼ばれているが、こちらとでは役目がまるで違う。
Sweeperは、体力と技量が一番高い人が務めるポジションなのだ。Sweeperは、遅れる人を置き去りにせず、必ず遅い人に付き添って歩く。決して急かさない。
強いSweeperがいれば、リーダーは安心して隊全体をどんどん引っ張っていける。
4)遅い人は辞退してもらう
歩き出して2、3時間もすると、だいたいどの人が健脚でどの人がついていけそうでないかが、なんとなく分かる。そのときに、リーダーは勇気を持って遅い人、ついてこれそうにない人に辞退を勧告する。
旅行会社が募ったツアーだからといって、辞退勧告を恐れてはいけない。いくら申し込み書に「ヒマラヤへ行ったことあり。経験豊富」などと記入されていても、当日の体調が悪かったり、どの程度のペースで歩けるかなどは、実際に歩いてみないと分からない。
料金の払い戻しは痛いが、全体が遭難に巻き込まれるよりはましだ。
5)遅い人は、Sweeperが連れ戻す
遅い人には遠慮せずに「今回の山行は、申し訳ないがあなたの体力と技量では無理です。ここから引き返してください」と言わなければならない。時には、実力行使も辞さない覚悟が必要だ。
この場合の実力行使とは、Sweeperが強制的に遅い人を連れて、一緒にトレイルヘッドまで引き返すことだ。
6)中止は躊躇せずに
天候が悪化した場合、中止や撤退の判断を先延ばしにせず、即座に判断すること。リーダーとSweeperは、折りあるごとに天候やメンバーの体調、技量、ペースを相談し合い、継続か中止か、誰に辞退を促すかを躊躇せずに判断しなければならない。
せっかくお金を払ったんだからとか、遠い本州から北海道までやってきたんだから、多少天候が崩れても行きたいと言われても、勇気を持って撤退・中止を決めなければならないときもあるだろう。強行して、遭難するよりはましだ。
7)申し訳ないという気持ちを持つな
パーティーから遅れた人が「ほかの人に悪くて、申し訳ない」という気分に陥るのは、日本人だけではないだろうか。ほかの人より遅れても、誰に対してなぜ悪く感じるのか、何が申し訳ないのかが分からない。
もし遅れていることを気兼ねして、無理に速いペースで歩いて途中で落伍したら、それこそ「申し訳なく」感じてもらわなければならないのだが、元来、人が歩くスピードや給水のタイミングは違っていて当たり前だ。
その当たり前のことに対して「遅くて、ほかのみんなに申し訳ない」と思うのは、かえって遭難を招く原因となってしまう。堂々と「私はこれくらいのペースで歩いた方が、ほかの人にも迷惑をかけない」とゆっくり歩いた方が、全体のためになる。
▽ ▽ ▽
僕ちんは年に数回、ヨセミテ国立公園の外郭団体であるYosemite Associationのセミナーのアシスタントとして、バックパックを行う。
ほとんどは、僕の山の先生であるSuzanne Swedoと一緒に7、8人のグループを連れて5日間ほどヨセミテの奥地を渡り歩く。リーダーがSuzanneで、僕ちんがSweeperだ。
早い人を連れてどんどん先を行くSuzanneと、遅い人のさらに後ろから急かすことなく歩いていく僕ちんとの距離は、時には1マイルに及ぶときもある。決して、遅い人を前に出して歩かせたり、全体のペースを遅い人に合わせるようなまねはしない。
これまでのセミナーでは、リーダーが体力のない人に辞退勧告して、途中から僕ちんがトレイルヘッドへ連れて帰ったことが数回ある。
この場合、リーダーはパーティーを先に進めなければならないので、Sweeperである僕ちんは遅い人を数時間かけてトレイルヘッドまで連れて帰り、その後、1人でまた数時間かけてパーティー本隊を追っかけることがある。
本隊まで戻るとき、自分では猿飛佐助のように山の中をかっこよくダッシュしているとは思うのだが、傍から見たら道に迷って半狂乱になったアジア系のおっさんが、半泣きでトレイルを走っているようにしか見えないかもしれない。
こういったセミナーで、辞退勧告や強制的に連れ戻すことなどは一見かわいそうだが、実はパーティー全体にも、かつ辞退させた人にとっても一番安全な選択肢なのだ。
また天候の激変により、セミナーの予定を変えたりスケジュールを短縮したことも、何度もある。いずれの決定も、躊躇や迷いはなく即断した。
僕ちんがだれかを案内するときもそうだ。天候が急変したり体調が悪い人がいために予定を急に変更したり、ハイキングを中止したことはけっこうある。例え、わざわざ日本から来ている人を案内するときもそうだ。
ハイキングの中止は一見強引だが、遭難するよりはいい。
日本でも今後、ますますハイキングの人気が高まって、登山やキャンプする人が増えるだろう。
しかし、遅い人にペースを合わせず後ろへ回ってもらうこと、参加者個人個人の技量とスピードに合わせた歩き方、Sweeper(アシスタント)による強制的な連れ戻し、勇気ある中止・撤退の即時決定といった、これまでの日本のパーティー行の通例とは違った考えを導入しないと、遭難や事故がもっと増えるかもしれない。

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