
その6からの続き。
▽これで、感動してまんねん
とりあえず、味噌汁だけは何とか流し込めた。しかし五目御飯には手が出ない。鉄の胃袋と言われ、これまでどんな高所に上っても食欲だけは失わなかったのに、今回はなんか違う。あまり無理しない方がいいな。
湖のバックにそびえるBanner Peakにはすごく感動した。雪の衣装に身を包み、峻険な頂上付近の様子はまったく人を寄せ付けない厳粛な趣がある。
しばらく無言で見とれていたのだが、 →続きを読むをクリック

サングラスをしていたのと高度障害のため、まるでネイティブ・アメリカンの長老のように感情を外に出すことができなかった。このためその感動を、せっかく連れて来てくれたKさんに伝えることはできなかった。
Kさんは「僕は初めてこの景色を見たときは、天国に来たかと思うくらい感動したけど、中村さんあんまり感動してないね」と残念そうな表情をしている。
いやいや、ちゃいまんねん。身体が動かないのでサングラスがはずせないのと、頭痛で意識がもうろうとしているだけだんねん。しっかり感動してま。と言いたかったが、身体がいうことを利かず「うにゃうにゃ…」とつぶやくしかなかった。
▽便意とテント
味噌汁を飲んだ後、突然便意を催した。しかし同時に、とにかくテントへ帰って寝っころがりたいという思いにかられた。
便意とテント。どちらを取るか。天びんにかけて悩みに悩んだ末、テントまで戻って寝る方を選んだ。苦渋の決断でした。
便意を優先するとテントを通り越してもっと遠くまで歩かなければならない。一方テントを選んで寝てしまえば、便意はしばらく忘れられるかもしれない。
▽藪の中へいそいそと

しかし数歩テントへ戻りかけたところで、ぬおぉ〜、便意が再び強くなってきた。仕方ねーなー。
テントの中で苦しむより、今はこの壮大な景色を見ながら自然回帰の儀式だけは済ませようと決めた。トイレットペーパーを握り締めた不肖中村は、小高い丘の上の藪の中へいそいそと消えたのでした。
藪の中で穴を掘ろうと思ったところでふと下を見ると、Kさんが眼下に見えている。ということは、向こうからもこっちが見えるはずだ。
大自然の中で、少年のようなこの真っ白なお尻を出したらきっと丸見えに違いない。このため太い木の裏側へ回り、適当な穴を掘った。今考えるとひどい頭痛と身体が動かない状況にもかかわらず、よくあんなことができたな、と我ながら感心した。
▽パンツ下げて鳥肌
意を決してまずスノーパンツを下げる。風は冷たいが我慢できると思ったのもここまで。ハイキングパンツを下げ、下着を下ろした瞬間に「う〜、さっぶ〜」と思わずうめいてしまい、いったん下げた下着とパンツを思わずズリ上げてしまった。

しかしこのままでは高度障害どころか凍死してしまう。パンツを半分脱いだまんまのマヌケな姿で凍死後、捜索隊に発見されるのだけは嫌だ。「やっだ〜、このオヤジ」とか言われて、だれも僕の遺体を担いでくれなさそうだ。
便意か寒さか。数十秒の黙想の後、便意が勝った。もう一度「うっしゃ〜」と掛け声をかけ、ハイキングパンツと下着を下ろす。太ももに鳥肌がビビビッと立つ。
しかしこういうとき、焦りは禁物だ。落とし所を間違えたら一生の不覚。死んでも空襲箇所の狙いだけは誤りたくない。その後のあだ名が「Ben」とでもなったら、末代までの恥だ。
しっかりと服を下げ、覚悟を決めてしゃがむ。穴を狙う。そして、ひえぇぇぇぇぇっっっっ〜〜〜〜〜………(ここんとこ、エコーが湖と周囲の山々にこだまするのを想像してください)、快か〜ん………。
▽身体が軽くなった
3分後、何事もなかったような顔をしてテントに戻った。気のせいか、頭痛が少し治まった気がする。身体もなんか軽くなったようだ。あっらー、これってもしかして、高度障害と思っていたのは単に便意から来ていただけなのかな。そんなバカな。でも身体が一気に軽くなった。
しかししばらくたつと、やっぱ動作が緩慢で頭痛が去っていないことを自覚した。まだ午後8時前。外は明るいが、さっさと寝袋にもぐりこんで寝ることにした。しかし夜中に大変な危機が迫って来ようとは、このときには知る由もなかった。
その8へ続く。

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