いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2020/11/25

千住博 高野山金剛峰寺 襖絵  美術館・博物館

トーキング ウィズ 松尾堂11月22日(日)の放送を、聴き逃しで聴きました。

日本画家の千住博さんと、水墨画家・小説家の砥上裕将さんが、ゲストでした。
テーマは「絵から生まれる物語を紡ぐ」

ご存じの方も多いと思いますが、千住博さんは、高野山金剛峰寺の襖絵を描かれた。
完成2018年5月
大徳寺の聚光院の襖絵もすでに描いておられる。
完成2013年11月

今回のお話の中で、とても心打たれたことがありました。
それは、芸術というのは、目に見えないもの、耳に聞こえないものを、表現するのだ。
という発言。

これは聖書の第2コリント人への手紙 4勝 18節
「私たちは、見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。
見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に存続するからです。」

というみ言葉に通じます。

名を知られたお寺の襖絵を依頼されるというのは、
当代、最高峰の日本画家の一人と認められた証。

千住博さんも、その責任感に圧倒され、緊張されたと言っておられた。

5年、10年の歳月をかけて絵の構成を考える。
それは自分と向き合う時間でもあったと思います。

大徳寺と、高野山の襖絵を検索してみましたが、
滝の絵、、、迫ってきます。

永遠をめざして芸術は表現されることを
あらためて実感しました。

軽井沢にある千住博美術館、、、行ってみたい。

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軽井沢 千住博美術館


千住博・日本画家、 千住昭・作曲家、 千住真理子・ヴァイオリニスト
すごい三兄弟です。
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2020/6/2

カルチャーラジオ芸術その魅力  美術館・博物館

カルチャーラジオ芸術その魅力

中世ヨーロッパの大聖堂〜総合芸術の世界
 玉川大学教授 小倉康之

1-3パリのノートルダム大聖堂
    聖堂史と火災・修復 ステンドグラスと建築空間 西正面のシンボリズム
4-6サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂
    巡礼と美術 イスラームと異文化接触 レコンキスタと十字軍
7-8エルサレムの聖墳墓教会
    集中式建築について 円形堂の内部立面とゴシック建築
9- ローマ、バチカンのサン・ピエトロ旧聖堂 
    バシリカ式聖堂について


キリスト教の歴史的変遷が、その建築様式に表れていること。
そこにはイスラムの影響もある。
 バロック、ゴシック、ロマネスク、ビザンチン、、、いろんな言葉が頭の中で混在していた。
 それそ、少しだけ整理してもらったような気がします。
 ラジオなので、その建築様式は、想像するしかなくて、あとで検索してみようと思う。
 
今回、大きな発見は、
お墓が、八角形で造られているということ。

サンチアゴ・デ・コンポステーラが、聖ヤコブの墓であることも
初めて知りました。

サン・ピエトロ大聖堂は、ペテロの墓かどうかは、今も論争が続いているらしい。

なぜ、私が八角堂=墓に興味を魅かれたかというと、
山岸涼子の漫画「日出処の天子」を読み(コロナ自粛で時間があったので)
もっと、聖徳太子のことを知りたいと、昔に読んだ「隠された十字架」をまた読み始めたからです。
美術史家からは否定されているようですが、梅原猛の推測、想像力には、熱情を感じる。
梅原自身、自分の歴史認識の不足を認めているようですが、聖徳太子の墓と思って夢殿を見ると、不思議な気持ちになる。

人は、どうしてお墓参りをするのでしょう。

作家須田敦子のお墓が、近距離にあることを知り、実は私もお墓に行きました。
お墓の管理人のおじさんに場所を聞くと、
「あんたのような人が、よく来るんだよ。だからここにメモを置いているんだ」と
すぐにお墓の位置を教えてくれました。
私のような人が、ほかにもいるのだと知りました。

そこに眠っているとは思わないけれど、ひとつのしるしとしてのお墓の前で
その人のことを思う。

エルサレムの聖墳墓教会は、イエス・キリストの石棺があると言われている(思われている)。
でも、イエス・キリストは、復活して天の聖所におられると聖書に書いてあるのだから、
お墓にお参りするのも、いかがなものかと思う。

現在、カトリック、東方正教会、アルメニア信徒教会、コプト正教会、シリア正教会の共同管理るという。オスマン帝国・イスラム教勢力の迫害から、ここを守ったエチオピア正教会は、その管理からは外されているという(ウィキペディアによると)

みなさんは、お墓参りをしておられますか。


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 夢殿です。
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2019/5/6

「黄金のアデーレ 名画の帰還」  美術館・博物館

大型連休最終日、アマゾンプライムで「黄金のアデーレ 名画の帰還」を見ました。

これは実話です。
2006年1月17日、クリムトの描く名画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」は、
1943年にナチスの指導下で奪われ、オーストリアの国宝として国立ベルベデーレ美術館に所蔵されていたが、
アデーレの姪であるマリア・アルトマンに、2006年に返還された。
90歳になっていたマリアは、黄金のアデーレを、ニューヨークのノイエ・がラリーに展示。
2011年94歳で永眠。


その弁護をしたのは、なんとあの音楽家シェーンベルクの孫。
ランディ・シェーンベルク。

BBCのドキュメンタリー番組で放送されたのを、監督サイモン・カーティスが見て
心を動かされ映画化した。

マリア・アルトマンを演じた、イギリスの名女優ヘレン・ミレンの気品のある姿に魅了されました。
1945年生まれだからいまは74歳。



マリアもランディも、オーストリアが祖国である。
しかしユダヤ人であるため、ナチスの迫害を逃れてアメリカへ亡命した。

マリアは父母を残して夫とアメリカへ亡命した本人であり、
ランディは、祖父アルノルト・シェーンベルクが亡命した。

ホロコースト記念館で、ランディは祖国での悲惨な過去を体で感じる。
そして突き動かされるように弁護士として闘い始める。
大きな法律事務所を辞めて、借金をして弁護にあたる。

二度とウィーンへは帰りたくない。辛い記憶が蘇るからというマリアも、
意を決してウィーンへランディと向かう。

内容を詳しく言うのはよくないのですが、
マリアのお父さんがサンセット礼拝(金曜日の日没)のときにいつも弾いているチェロを、ナチスが侵攻してくるとわかった時にも弾く場面は、心に残りました。


不当に財産を没収され、屈辱的な扱いを受け、命までも奪われるユダヤ民族。

「屋根の上のヴァイオリン弾き」から「シンドラーのリスト」、悲惨なユダヤ人迫害の歴史を描いた映画はたくさんある。

この映画もそのひとつ。

黄金に輝くクリムトの名画。
82歳のマリアと駆け出しの弁護士ランディの本当にあった「過去との闘い」のお話。

みなさんも、是非ご覧ください。

思わず、続けて2回見てしまいました。。。

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2016/10/25

「1945年 黒の黙示録」 平塚市美術館  美術館・博物館

ずっと録画していても、なかなか見る時間がない「日曜美術館」
平塚市美術館でやっている。
「1945年 黒の黙示録」

香月康夫は、シベリアへ抑留されて、帰国後、10年間シベリアのことは描けなかった。
友の埋葬の絵を、1枚描いただけ。
けれど、キャンバスに見えるシベリアでの生活、
ついに木炭で描き始めた。
死んでいった戦友たちの顔。。。。
私には、十字架のキリストの顔と重なって見えました。

有名な丸木位里・俊夫妻の「原爆図」
あたかも、絵巻物のように被爆した人々の姿が描き出されている。
30年以上、描き続けた。
静かに、しかし力強く、その絵は訴えてくる。

写真家川田喜久治は、原爆ドームの染みをみて、目が離せなかったという。
それは詩画のようであったと。

4人とも、これまでの決まりには、はまらない、独自の構図。
とにかく描かねばならないという使命感。

本物の迫力は、いかばかりかと思う。

やはり首都圏に住んでいると、気持ちさえあれば、見に行ける。

しかしまあ、地方に住んでいる者も、
こうして解説付きで、展覧会を見せていただき
感謝です。


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左から川田喜久治  丸木位里・俊  香月康夫

日曜美術館  「1945年 黒の黙示録」からお借りしました。
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2012/6/4

彫刻家 佐藤忠良展  美術館・博物館

6月3日日曜日、滋賀県守山市にある佐川美術館での
生誕100年 彫刻家 佐藤忠良展に行ってきました。
京都を通過するので渋滞するかと思ったのですが、予想に反して往復とも混雑はなく1時間半で到着。

琵琶湖大橋を渡ってすぐのところにある、佐川急便の私設美術館。
自然に囲まれた敷地内に、ゆったりと2棟の建物があり、
1つは佐藤忠良館、もう一つは平山郁夫館。他に小さな茶室の棟もある。
二つの建物の間には、水を張った中庭があり、ガラス張りの廊下から、光に輝く水の動きを見ることができる。
二つの館を結ぶこの字型のところが、喫茶室になっていてそこからも水面と木々の緑が見える。

今回は、宮城県美術館からたくさんの彫刻や絵画が来ていた。
NHKの日曜美術館で見ていた作品もたくさんあって、本物に出会えた喜びに満たされた。
ふつう、展覧会では「作品に手を触れないでください」という注意書きがある。
ところが、この展覧会では、手のマークがついている作品は”触ってもいい”という。
入ってすぐ早速女の子の顔を触っていたら、係りの女性が飛んできました。
左手の指輪がカチカチと作品に触れて鳴ったからです。
そのあとは、右手で触るように気を付けました。

2001年三浦綾子、1997年斉藤秀男、1977年王貞治、他にもたくさん知っている顔の彫刻が。
しかし、似ているようですこし違う。
1961年の映画「人間の条件の」小さいレリーフがあったのは、嬉しい驚き。
徳永直の「静かなる山々」の表紙も装幀。

NHKのアナウンサーだった山根基世さんは親しくしておられて、作品説明の音声ガイドの声も担当なさっていたし、5/26には彫刻家笹戸千津子さんとの記念対談もあったらしい。
澤地久枝さん、安野光雅さんも言葉を寄せておられた。

佐藤忠良さんは2011年3月30日に98歳で亡くなられた。
女優の佐藤オリエさんのお父さんと言ったら、わかる方もいると思う。

福音館書店のこどものとも、の絵本もたくさん描いておられる。
あの「大きなかぶ」もそうだったとは、知りませんでした。
私はあれは、ロシアの画家が描いたものだとずっと思いこんでいました。
日本人の絵だとは、しかも佐藤忠良さんとは思いもよらなかった。

宮城県の美術館の玄関には、「大きなかぶ」のレリーフがあり、
自由に触ってくださいとあって、子供も大人もその感触を楽しんでいるとか。
同じようなものがありましたが、館外貸し出しをしてくださっているのでしょうか。

あれこれ発見があり、思わず手帳を出して書いていたら、
先ほどの係りの女性がまた飛んできて、
「館内では鉛筆しか使ってはいけないのです」といわれる。
私が「シャープペンシルなんですけど」と言ったら、それも駄目だといって、
先の尖った鉛筆を貸してくださった。
「たびたびすみません」と私は笑って言いました。

心に残った忠良さんの言葉
「科学には自然科学と社会科学があります。
しかし知ることだけでなく、感ずる心を育ててほしい。
それが芸術というものです。」

ちょっと言葉が違うところもあるかもしれませんが、
知識だけでなく、感性を磨くことの大切さを
おっしゃっているのだと思いました。

「きれいに描いてやろうというような、卑しい心が起こったときには、描くのをやめる」
というような言葉もありました。

これは、星野富弘さんが「人を励ましてやろうというような気持ちが起こってきたときは、それが消えるまで静かにしていて描かない」と言われたのと同じ。

また、最近展覧会にいったばかりの、熊谷守一さんも、「うまく描こうなどという心を持つな」というようなことをおっしゃっていた。

本物の芸術家というのは、そこまで自分を誇る気持ちを削ぎ落さないと、真実のものはできないと知っている。
そのことを改めて思いました。


正面玄関へ行く外の廊下を歩いていると、水を張った庭に飛び上がった蝦夷鹿が迎えてくれる。それも忠良さんの作品。
帰るとき携帯で写したのですが、遠くてうまく写っていないので、
女の子の像をお見せします。


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画像を右回りにしても、掲載しようと思うと横向き。何度やってもうまくいきません。
首を横にかしげてご覧くださいませ。
不慣れですみません。。。


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これは、「ボタン」という作品です。
祈っているようにも見えて、ハッとさせられます。
佐川美術館のサイトからお借りしました。

蝦夷鹿は、検索してみてください。
会場にもありましたが、完成品は外にあるもの。

大きい「緑の風」の彫刻もたくさん展示してありましたが、
やはり彫刻は、自然の中に置いたほうが生きるような気がします。
外のものは、触ることも自由だし。
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