いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2010/6/7

ポートレート イン ジャズ  音楽

最近ジャズがとても自然に心に入ってくるようになりました。


一番最初に、ジャズを「分かりたい」と思ったのは、大学の頃。
当時京都の修学院離宮の近くに下宿をしていたジャズの好きな友人と知り合い、
「スウィング ジャーナル」という雑誌を買うようになり、
そこに出て来る名前の人の曲を、手当たりしだいに聴いていました。

そのころはコルトレーンが好きだったような気がします。
でもどうもしっくりと腑に落ちない部分がありました。
今から思うと、頭で音楽を聴こう、分かろうとしていた。
そんな時期でした。

いわゆるスタンダードなジャズは、耳に馴染んできましたが、
フレンチポップス、クラッシック、フォークソング、ビートルズほどには
自分の魂に届かない、、、そんなもどかしさを感じていました。

やがて、村上春樹を読むようになり、
「さよならバードランド」とか、「ポートレート・イン・ジャズ」なども読んで、
そこに出て来る曲、、聞いてみたくなりました。
今では、その本の中の何曲かが、CDになっています。
読者の要望が強かったのでしょう。
もちろん買いました。

でも、まだ本当にジャズが好きかといわれると、
どうも・・・という感じでしっくりこない。


3年ほど前、友人のGさんから、ビル・エヴァンを紹介され、
そのピアノを聴くようになって、やっとわかりました。
今までの私は頭で理解しようとしていた、魂で聴くのではなく、理性で分かろうとしていた。
音楽というのは、ただ音の流れ、響きに身を委ねればいいのだということに、
気づいたのです。

目には見えなかった壁が壊れた瞬間。

「大停電の夜に」という映画があります。ストーリーはまあまあですが、
そこで効果的に使われる「Waltz for Debby」のレコード。
ピアノが流れ、ベースの弦をはじく音が胸に響く。
ロウソクの灯りがとても美しく、時々その灯りを見たくなったりします。

こうして、私はジャズの森の中に足を踏み入れて、
無性にジャズが聴きたくなる時が来るようになりました。

それにしても、やはり村上春樹の言葉には、ぐっときます。
ジャズとは、どういう音楽なのか?を説明するための文章
CDのライナーノート「雨の夜のビリー・ホリデー」の中に、
「文筆家というのは、文章の持つ親切な暖かい力を信じる人種のことである」
とありました。


音楽も、文学も、音も文字も、伝えるのは、親切な暖かい力・・・・
藝術とは、日々の生活のなかで、ともすれば傷つき、弱り、萎えてしまいそうな心に、
活気と、生きる力を与えるもの。

この世の中に、音楽と空と花がなくなってしまったら、
人は呼吸をしていても、生きていない。


井上ひさしさんが亡くなり、追悼の気持ちを込めて
「ボローニャ紀行」他、何冊かを買ったのですが、
根底に流れる通奏低音は、やはり「親切な暖かい力」であることを感じました。

私もそのような力を内に秘めていたい。




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楽園  エゾノリュウキンカと水芭蕉

northland-art-studioさんからお借りしました。


絵にかいたようなという表現はおかしいかもしれませんが、
自然の美しさをこうして写真で、瞬時に見せていただけることを感謝します。

人を楽園にいざなうような、芸術を。
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