いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2022/5/9

源実朝 「鎌倉殿の13人」  芸術・歴史

カルチャ―ラジオの歴史第5回は、「源実朝の暗殺」

まだ、「鎌倉殿の13人」では、登場しておりませんが、
かねてから、なぜ、源実朝は暗殺されたのか、
その真意がよく分かりませんでした。

今回、とても明快なお説を拝聴しました。

あの上総介広常のような、坂東武者の考えと
源頼朝のような、天皇のご意向を尊重するという考え。

この違いが、結局、北条義時がまとめ、作り上げていった
鎌倉殿の13人という、方向に流れていく。

頼朝の亡きあと、二代征夷大将軍の源頼家は、乳母が比丘の妻道子であるから
比丘の家で育った。
ということは、比丘が力を持つ=北条家にとっては、不都合。

三代征夷大将軍の源実朝の乳母は、北条政子の妹阿波の局=北条家にとっては有利。

正妻を、後鳥羽上皇の姪(従姉妹?)を迎えることにより、実朝は、都への憧れ、和歌への傾倒が強くなる。
所詮、文人であって、武人ではなかったのかもしれない。

実朝を暗殺したのは、頼家の息子で京都の寺へ出されていた公暁(くぎょう)である。
その実行犯は確かに公暁ではあるが、それを目論んだ、計画したのは、北条義時ではないかと言われている。

なぜか。
坂東武者の立ち位置ではなく、都の天皇よりの考えであったから
源実朝は、暗殺された。

それが、講師の東京大学史料編纂(さん)所教授…本郷和人先生の解説でした。

小説「言の葉は、残りて」佐藤雫 作、もそのような展開でした。

 後鳥羽上皇は、文武に優れていて、政治にも長けていたとか。。。。
 源実朝を、征夷大将軍にしておけば、自分の意向を反映させられると考えていたらしい。

歴史の資料は、誰が書いたかによって、変わってくる。

後世の人々の解釈も、推測、想像によるところが多い。

歴史の真実と事実に、正解はない。
だから面白いともいえる。

源実朝が歌人として優れていたことは、金槐和歌集で分かるのだと思う。

クリックすると元のサイズで表示します

 美しい蓮の花 (親愛なる教え子 杉浦譲治君からお借りしました。

 蓮の花を見て、瞑想する。
1
タグ: 歴史



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ